社内通訳の転職術
社内通訳を数年された方から“次の会社は同業種に絞って専門性を高めた方がいいのか、それとも違う業種に行き幅を広げたほうがいいのか”という質問を何度か受けたことから、今日は社内通訳のキャリアアップと専門性について考えてみたいと思います。
まず“専門性”の定義ですが、専門家レベルの知識を指しているのであれば、それこそ通訳になる前にその分野で修士あるいは博士号を取得したとか、その分野の仕事を数年以上したことがあるということがない限りは、通訳をしながら専門家レベルの知識を得ることは相当困難だと思います。
他方、その専門性というのが、医学とかITとか金融といった業界経験を指しているのであれば、話は別です。社内通訳をすることでその分野の浅く広い知識を身につけることは可能ですが、深く専門知識を高めるために転職するのであれば、本当に具体的にこだわり仕事を選ぶ必要があります。医学、IT、金融といったその会社のコア業務に関わる通訳の経験が積めれば、その業界の知識が増えていきますが、バックオフィス業務的なものやプロジェクトの通訳がメインになると、その業界そのものの知識の蓄積にはかなりの時間がかかってしまいます。
私はこれまでそれぞれ違う業態の3社で社内通訳をし、その中で学ぶことはたくさんありました。その時の業界での経験がフリーになったときの仕事につながりました。このことからも幅広く業界を見ておいたほうが、フリーになったときにエージェントから仕事をもらえる幅が広がるので複数の業界の経験を積んでおいた方が有利になるとは思います。私の場合、最初の会社がITだったのですが、営業部のVPの通訳だったので、商談やプレゼンの通訳が多く、テクニカルなITの内容自体がメインではありませんでした。しかし経歴書には“IT企業で社内通訳をしていた”となるので、どちらかというとITの仕事が多くなっています。
皆さんがエージェントやクライアントの立場に立てばわかりやすいと思いますが、結局どの程度の専門性を通訳者が持っているかを正確に判断はできないので、これまでどういう通訳をどこでやってきたのかという実績を見るしかないわけです。通訳者が実績を積んでいく中で、たまたま多くやった分野がその通訳者の専門分野になっていくわけで、それには少なくとも5年とか10年とかの年月が必要だと思います。
ただある特定分野だけの通訳(例えば医学や医薬)をやりたいと考えていらっしゃる場合には、逆にその業界内だけで転職し、コア業務の通訳がメインでできるような環境にこだわって転職する方がいいと思いますので、キャリアパスは全く変わってきます。どちらにしても最初の数年は何をやっても勉強になるでしょうから、チャンスが与えられたところで精一杯通訳し力をつけることに注力し、5〜6年ほどやってみてから本当にその分野に絞って進んでいきたいのかを考えてみた方がいいような気がします。
同じところで何年もいるよりは、半年単位くらいで今の環境にいた方がスキルアップできるかどうかを客観的に評価して、早めに転職し実績を積む方が通訳者としては望ましいと思いますが、チームの一員として何かを皆で成し遂げるとか、安定した生活を確保することに重きを置くとか人により優先順位が違いますので、一概にどうするのが一番いいのかは結局個人の判断になってしまいます。
私のクラスでは、ビジネス通訳で必要な“経済”“ビジネス”と“財務”の基本的な内容を中心に授業を行っています。これは、私がフリーランスになったときにやっておけばよかった!と思った経験からです。社内通訳だとどうしてもその会社内だけの内容ばかりになってしまいがちです。専門性を磨くということももちろん大切ですが、基盤となるような知識も忘れずに磨きたいものです。
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