INTERPRETATION

通訳デビューしたものの・・・・

上谷覚志

やりなおし!英語道場

皆さんこんにちは。早いものでこのコラムも今年残すところあと二回となりました。この時期、学校ではカウンセリングや今期のフィードバックを行い、これまでの学習進度を確認し、来年以降の方針の修正を行います。ただカウンセリングで話す内容は生徒さんによりかなり変わってきます。よくある質問としては、あとどれくらい勉強したら次のクラスに上がれるか、または仕事がもらえるようになるかという類の質問です。それ以外にはフルタイムの仕事を持ちながらどのように時間を捻出すればいいのかとか、具体的な勉強方法についての質問もよくあります。 さて最初の質問ですが、なかなか簡単には答えが出せない場合がほとんどです。医者や弁護士のように国家資格があり、明確な基準をクリアして、プロフェッショナルとして通訳の仕事を始めるわけではありませんし、通訳に求められるスキルも企業や会議によって全く違ってくるからです。それに生徒さんそれぞれの語学力・知識レベル・これまでの経歴も様々で一概にどれくらいでプロになれるかとは言い難いということもあります。また通訳の定義も曖昧で、通訳という肩書きを持つ人には、企業内で上司と部下とのコミュニケーションを助けたり、ちょっとした社内の小さなミーティングで内容を簡単に伝えるようなことから、国際会議での同時通訳まで全てが通訳と呼ばれるわけで、ここまで同一職種でスキル要求の幅があるというのも案外珍しいことかも知れません。

面白いことに、もっと基本的な勉強や訓練を積まないといけない人に限って“いつ通訳になれますか?”という質問をして、もう現場で経験を積んだほうがいいという人は案外このような質問をしないような気がします。前者の方は自分の実力を過大評価して、言葉のプロといてお金をもらうことに対する要求をあまり理解されていないような気がします。ただし実践で学ぶことの重要性はよく理解されている方です。それに対して後者の方は自分の力を過小評価し、出来ないところばかりをみて、失敗したらどうしようというネガティブなイメージに捉われすぎていて、どちらかというと完璧主義的傾向があるようです。後者が前者よりもいいといっているわけではありません。どちらも自分の実力を正確に把握していないという点では同じです。

通訳学校で教え始めた頃は“実践に勝るものなし”的な考え方を持っていました。実際の会議では、教室の逐次訓練のように短くは切ってくれないし、複数の人が同時に話し始めることもしょっちゅうだし、音がきれいに聞こえないような環境で通訳することもよくあることだし、通訳学校や自宅学習では学べることには限界があると思っていた時期がありました。今でもある程度の基礎的なことができるようになったら、実践に身をおきながらスキルアップをしていく方がいいとは思っていますが、最近いろいろな方にお会いしていく中で、基本的なスキルや語学力がないまま現場に飛び込みすぎるのもよくないのではと思うよう になってきました。

もちろん、通訳訓練をほとんど受けず通訳デビューしても、うまくこなしていける方もいます。その方は元々優れた語学力があり、情報を的確にかつ論理的に処理する能力に長けている人で例外的なケースだと思います。

“ない袖は振れない”という諺がありますが、通訳という仕事を端的に表していると思います。いくら良い通訳をしたいと思っても自分の能力以上の通訳はできないのです。ただし、現場に飛び込んでしまったら、“袖ありませんから・・・”とは言えないので、必死で業務や関連用語を覚えることで語学力・通訳力不足を補おうとします。人によってはその過程で変な癖が身についてしまうことがあるようです。例えば、わからないところをいつもごまかして訳してしまうとか、言っていないことも追加して訳してしまうとか、訳すべきところを訳さずわかるところだけを訳すというように、語学力や通訳スキル不足をこのようなやり方で乗り切るのは本末転倒で、結局その人の通訳者としてのスキルアップは望めません。現場に出られたとしても自分のスキルや語学力が不足している場合には、OJT以外に何らかの補強が必要だと思います。

通訳学校は通訳デビューするまでの場所で、一旦現場に出られたら後はOJTだけでいい人と、変な癖が付いてしまう前にOJTと平行して語学力の補強やスキルの安定化を図りながら、その業務以外の通訳もこなせるよう準備を進めたほうがいい方もいます。フリーランスで通訳をされている方の中でも、早く現場に出てしまいすぎたのではと思わせるような方もいらっしゃいます。東京はマーケットも大きいので何とか仕事はあるのかもしれませんが、あまり焦って飛び出し、その後スキル・語学力アップを図るような努力を継続しないと、袖の短いままの通訳で終わってしまいます。

偉そうなことを言っている私の袖もまだまだ短いので、通訳現場だけではなく、教材を作ったり、授業の準備をしたり、実際に授業をしていく過程の中で、今の自分に足りないものを補強させてもらっているような気がします。自分が現場に出て“今こういうトピックがよく出るから、こういうことを教材にしよう”とか“通訳にとって財務は 必須なので、それも授業で取り入れよう”といった形で、教えるということが半分自分の勉強になっています。

社内であれ、フリーランスであれ、通訳デビューという一つの大きな目標を達成された方も来年以降のスキルアップ計画を立ててみてはいかがでしょうか?人によってはMBAやCPAの資格を取得する方もいらっしゃいますし、通訳訓練を継続する以外にもいろいろと自分に足りないものを補う手段はあると思います。

通訳に対する要求はますます高まるばかりです。それに応えていくために常にスキルアップを心がけたいものですね。

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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