INTERPRETATION

通訳は完璧?

上谷覚志

やりなおし!英語道場

先月から繁忙期の繁忙期という感じで、資料に読み追われ、一緒に組んだ通訳者も自分の番でないときに皆ブースで次の仕事の資料をひたすら読んでいるような感じでバタバタしています。仕事がないと不安になるけど、詰まってくるとそれはそれで大変でなかなか“程よい“仕事量をキープするのは難しいものです。

昔は入ってきた仕事は時間が許す限り受けていたので、一時期1日4本こなして翌朝からまた通訳という生活をしていたこともありました。そうなると当然のことながら、クオリティは下がるし、何よりも私生活ゼロになるので、最近では資料を読んだり、普段たまっている仕事をこなす日というのを設けるようにしています。夏や冬はそんなことしなくても、プラプラしている日が結構あるのでいいのですが・・・。

さて今日は“通訳は完璧か?”というテーマでお話したいと思います。通訳コースで勉強されている人で現場を経験したことがない人は往々にして“完璧でないといけない2と思い込んでいる人がかなりいるような気がします。自分もそうでしたし…。“こんな単語もわからないようでは、現場はまだまだ”と思ったり、“こんなことも聞き取れないようではまだまだ”と思ったものでした。それと同時にプロの通訳はどんな状況でも動じることなく、涼しい顔で訳していくんだろうなと思い、自分が現場に出るまでにはどれだけの長い道のりがあるんだろうと溜息をついたものでした。

もともと通訳になりたいと思っていたわけではないにしろ、オーストラリアの学校を卒業し、とりあえず通訳の修士も取ったことだし、(学費等でかなりの借金もできちゃったし)通訳をやるかということで社内通訳を始めました。ただ今から思うとお金をもらって通訳を始めたわけですが、所詮訓練を受けたばかりでかなり“怪しい”レベルでした。ビジネスの用語もよくわからず、通訳訓練で聞いたようなきれいな英語ではないし、日本語だって専門の話になると全くわからないわけですから、当然詰まってしまったり、誤解して訳してしまったりということもありました。

実は社内通訳になる前に、エージェントからちょっとした会話のお手伝いをしてもらえれば良いですからと言われ、引き受けた仕事がありました。インターネットのロードバランスに関する研修でしたが、“資料はありますがあくまで参考ですから”と言われて、“会話のお手伝い”というあり得ない条件を信じて臨んだ本番は最悪の結果でした。“資料はあくまでも参考”“会話の手伝い”という言葉を鵜呑みにしたことも問題でしたが、訓練を受けたばかりで知識も何もなく、どういう準備していいのかさえわからず、エージェントやスピーカーやパートナーにどういうことを要求していいのか(すべきなのか)を知らなかったことも大失敗の大きな要因だったと思います。

今ならしつこいくらいエージェントやスピーカーに資料や情報を提供してもらうことに躊躇いはありませんが、通訳を始めたころはそういうものがないと通訳できないのか!と思われるのではと思ってそういう要求ができませんでした。きっと“通訳たるものどのような状況でも通訳できないといけない。プロ通訳は完璧でないといけない”という思いがあったからでしょう。

社内通訳からフリーランスになるときも、社内なら通用してもフリーランスだと毎回内容も違うし、要求されるレベルも高くなるから自分はまだまだと思っていた時期もありました。ここでも社内通訳ならできなくても“すみませんでした。次の会議ではがんばります!”で許してもらえるけど、フリーランスは完璧でないといけないと思っていたからかもしれません。フリーランスになってみて、少なくとも自分は完璧にできた!と思えることなんてほとんどないのが現状です。毎回それこそスピーカーの言っていることを理解しようと必死だし、うまい訳が出せずにとりあえずの訳を出して急場をしのぐこともよくあります。もちろん本当にできる通訳であれば、完璧な訳を毎回出せるのかもしれません。ただよく考えてみると“完璧な”訳というものが本当に存在するのかどうかという大きな疑問に戻るような気がします。

この時期特にいろいろな通訳の方と組ませていただくと、さまざまなバックグラウンドの方がいるんだなと感心します。これほど多様な経歴を持った人が同じ仕事をするというのも珍しいのかもしれません。そう考えると回りと比べるのではなく、今の自分でできることを全てやって、それでできないなら実力不足だから次からはこの仕事は受けないというスタンスで仕事をするようにしています。

今勉強されている方も完璧な通訳という幻想に邪魔されることなく、自分の今の力でできる仕事から始めてみて、力を付けていくことがいいんじゃないかと思います。結局プロになってからだってこれまで以上に勉強することになるんですから。

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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