INTERPRETATION

上谷的通訳の世界

上谷覚志

やりなおし!英語道場

前回のコラムで書きましたが、大学の授業での質疑応答の中 で、通訳の仕事って案外関わりのない人にとっては未知の世界なのかもと感じました。通訳と聞いて何の仕事かわからないという人はほとんどいないとは思いますが、多くの人は映画俳優や芸能人の横、または政治家の隣で通訳をしている人またはテレビ番組や国連のような国際会議で同時通訳をしている人というイメージが強いのではないでしょうか?

今回はかなりの独断と偏見で通訳の世界について見てみたいと思います。通訳者によって専門が違うので、私の話が全ての通訳者に当てはまるというわけではありませんので、その点ご了承いただき読み進めてください。

先ほど書いたような有名人付き通訳とか国際会議の同時通訳もありますが、実際には通訳という仕事はもっと身近なところで頻繁に“出回っている”サービスなのです。つまり日本語と外国語が出会うところには必ず何らかの通訳ニーズが発生します。わかりやすい例としては外資系企業があります。外資といっても業態は多種多様で、金融、メーカー、通信、IT、広告、製薬 を始め、我々が思いつく業界のほとんどに外資が入っています。政府系でも、 政府間交渉を始め、各種外国企業誘致イベントやセミナーもありますし、各国大使館からの通訳依頼も多くあります。

外資系なのに通訳?と思われる方もいるかもしれませんが、外資系企業に勤めているから皆英語ができるというわけではありませんし、昨日まで日本企業だったのに外資に買収され今日から上司が突然外国人という気の毒なケースもありますし、社内会議では通訳は必要ないが、客先やセミナーや商談ではプロの通訳をというケースもまだたくさんあります。

昨今の外資の市場参入や日本企業買収が毎日のように紙面を騒がし、多くの方は“これからの日本の市場や企業はどうなるんだろうか“とか“英語やっとけばよかった“とため息混じりに行く先を憂いている一方で、通訳者にとっては“お客様拡大!!“ということで喜ばしいニュース なわけです(悪)。

先日、超ドメスチックな匂いのする日本企業とアメリカ企業との間で、ある製品の販売ライセンスの交渉が2日間に渡り行われ、もう1人の通訳者と交代で通訳をしていました。1日目、ライセンスの価格面での折り合いが全く付かず、結論は2日目に持ち越されることになりました。たまたま自分の番で、アメリカ人が痺れを切らしたのか、元からの戦略だったのか“もしこのままライセンス価格交渉が平行線で終わるようなら、御社ごと買い取ることもご提案させて頂きたい”と発言し、 自分の頭の中では「ライセンス交渉」だと思い込んでいたので、一瞬たじろぎ“買収って言ったよね??”とアメリカ人の顔をちらっと見て訳すと、それを聞いた日本企業側の役員3人も一様に驚き、お互い顔を見合わせ“あまりの突然のお申し出でで・・・”と言葉を詰まらせてしまいました。こんなにも簡単に買収という話になるのかということと、交渉がうまく行かないなら、とりあえず買ってしまえというのはいかにも外資系企業らしい発想(このノリで買ってしまい、今苦しんでいる外資はたくさんありますが・・・)だなと変に感心させられた会議でした。その後この交渉がどうなったのかはわからないのですが、こういう交渉が今日もまたどこかで行われ、こうして日本企業がある日突然外資になってしまうのですね。

このように企業買収が増えることで通訳のマーケットは拡大している一方で、要求されるレベルもそれ以上に高くなっているような気がします。一昔前と比べて、英語の堪能な日本人や帰国子女が珍しくなくなってきているため、当然のことながら要求されるレベルもどんどん高くなっています。会議出席者のほとんどがバイリンガルで数人だけ通訳が必要というケースも多く、通訳をしているのか、通訳スキルチェックを受けているのかわからないような針のむしろ通訳も最近は多くなっています。

昔は“英語ができる=通訳”だったと思いますが、今はそれプラス専門性(その分野での経験)と日本語がますます重要視されているような気がします。昔のように、英語ができたら通訳の仕事を始められた時代とは違い、普通に英語ができるだけだとなかなか通訳デビューすることは難しくなっていると思います。

エージェントからも“クライアントが日本語のきれいな人を希望されている案件でとか、〜分野の経験の豊富な方を希望されています”といった案件の問い合わせが最近増えていることからもわかるように、クライアントも単に英語が上手な人では満足しなくなっていることは明らかです。英語ができることが通訳のダントツの必要十分条件であった時代から、必要条件であっても十分条件にはならないという時代になっているのだと思います。

専門性や経験は自分だけの努力ではなんともしがたい部分も大きいですが、日本語に関しては十分自助努力で改善できると思いますので、英語だけではなく日本語のトレーニングやブラッシュアップも心がけ、チャンスが来たときに動じないようにしたいものですね。

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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