真のサービスとは
先週のこのコラムで、通訳者に必要な要素とは「語学力」「知識力」「度胸」そして「体力」であると書きました。私はそれに加えてもう一つ、「サービス精神」が求められると思います。
毎年2月、わが家は越後湯沢にあるスキー場で家族旅行を楽しんでいます。そこはスキーオンリーのゲレンデなので、高速スノーボードを気にせずのんびり滑れるため、幼い子供たちにとっても安心です。そのスキー場に隣接するホテルに宿泊するたびに、私は自らの仕事観を見直しています。
具体的に何を見つめ直すかというと、「真のサービスとは何か」という点です。このホテルは、東京・紀尾井町にあるホテルの系列なのですが、フロントスタッフの応対はもちろんのこと、ベルマンやレストランスタッフ、スキー場の係の方々など、すべてが実に行き届いたサービスを提供してくれるのです。たとえば寒い雪道を経てホテルに到着すれば、フロントデスクの方がにこやかに出迎えてくれます。さらに、フロント付近でかさばる荷物を持っていれば、ベルマンがすぐにカートを持って手伝ってくれるのです。レストランでバイキングディナーをいただいた際には、使用済みの食器を迅速に片付けるスタッフがいます。どの持ち場のスタッフも常に姿勢をピンとさせ、お客様にとって必要なことはないかと意識しながら業務にあたっているのです。
私たち通訳者の仕事では、「業務を依頼された日から当日まで資料などを読み込み、しっかりと予習をすること」「現場では英日・日英を漏れなく訳出すること」が大きな柱となっています。この2点は私たちが必ず実行すべきものであり、ここをおろそかにしたまま任務にあたることは、職務責任を果たさないことに相当します。
けれども、この2つ以上にやるべきことがあると私は考えます。それが、毎年冬に私がこのホテルで感じる「真のサービス」です。相手が何を必要としているのか、常に意識の中に組み込み、他人から見られる職業人として、姿勢や表情、笑顔などに気を配ることも通訳者として求められていると私はとらえているからです。
かつてイギリスに暮らしていたころ、あるお店で店員さんに‘Excuse me, could you please help me?’と尋ねたことがあります。ところが返ってきた答えは、‘No, I’m busy.’だったのです。ちょうどそのスタッフは棚卸をしていたときでしたので、おそらく顧客である私の問いに答えるよりも、上司に命じられた業務を行うことのほうが重要だったのでしょう。理屈としては理解できますが、とても悲しい気持ちになったのを今でも覚えています。
自分の業務範囲外のことを求められたので「できない」と言うのは、ロジック的には正しいかもしれません。けれども、それを口にする前に自分は何ができるかを考えることも、サービス提供者として必要だと私は思います。通訳者であれば「英語を日本語に、日本語を英語に直せばそれでよし」というだけではないはずです。同じ「訳す」という行為でも、お客様が求めるものはそのときそのときで異なります。臨機応変に、そして相手の立場になって考えることを私たち通訳者はやるべきなのではないでしょうか。
相手のことを思いやり、求められる真のサービスを提供すること。それがファンを生み出し、リピーターを増やし、間に入る通訳エージェントの業務を拡大させ、私たち通訳者も新しい仕事や次の通訳アサインメントに恵まれることになります。自分の仕事を心から愛するからこそ、そこまで考えて仕事にあたっていきたいと私は考えています。
(2010年2月15日)
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