INTERPRETATION

子どもから学ぶ危機管理

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 先週水曜日。下の子の幼稚園は始業式でした。ところが春休み中、親子でいろいろな所に出かけた疲れゆえか、その数日前から娘は風邪をひいてしまったのです。始業式当日の明け方、私の布団の中に潜り込んできた娘の体温は明らかに高いのがわかりました。私は毎朝4時に起きて仕事をしており、子どもたちは6時半に起床してくるのですが、この日に限って娘は5時過ぎに真っ赤な顔をして食卓へやってきました。熱を計ってみると39.7度。これでは登園させるわけにはいきません。始業式にも出られず、式後の集合写真にも写らないのはかわいそうだなあと思いつつも、休むことにさせました。

 私はこの日、外での仕事こそありませんでしたが、大量の原稿書きを抱えていました。いくら自宅での仕事と言えども、看病しながら仕上げるのは至難の業です。幸い近所には義父母が暮らしています。電話をかけると一日中自宅にいるとのことなので、娘の看病をお願いすることになりました。

 このように、子育てをしていると、自分の仕事の計画に軌道修正が求められることが時々あります。しかもなぜかたいていの場合、「今日だけは病気にならないでほしい」と思うような日に限って、子どもたちの具合が悪くなるのです。偶然なのかも知れませんし、親の緊張感を子どもが感じとってしまうからかもしれません。

 独身や夫婦二人だけで生活していた頃の私は、自分のスケジュールというものを厳密に死守していました。毎日計画をきっちり立て、それに従うことこそ、仕事の効率も上がり、生産性も高まると信じていたからです。確かにそうすることで勉強時間を捻出したり、たくさんのことにチャレンジしたりすることはできました。しかし、ややもすすると「自分の時間への妨害」に対し、驚く程忍耐力がなかったとも言えるのです。

 子育てをしていると、さまざまなイレギュラーに直面します。そうした状況が浮上するたびに、「どうして今に限って?」と嘆いていても前進することはできません。むしろその事実を事実として受け止め、どうすればそこから脱することができるのか、どういう対策を講じれば改善できるのかを必死になって考えることこそ、次へのチャンスに結びつくと思います。

 これは通訳現場でも同じことが言えます。かつての私は会議通訳の際、当日会場で資料をどっさりと渡されることに大きなストレスを覚えていました。もちろん、今でも事前にいただけるのであればそれに越したことはありません。けれども、当日、大量の資料を受け取るや怒りモード全開になるよりも、「どうすれば次回からより協力的な形で事前に資料をいただけるようにできるか」に焦点をずらすようにしたのです。大切な会議現場でストレスをためながら通訳をするよりも、次への最善策を講じるほうが誰にとっても生産的なはずです。

 子育てにおいても仕事においても、いつも自分が思うとおりに行くとは限りません。むしろ、スムーズに行っているときこそ珍しいのであり、そういう状況にこそ感謝すべきだと最近の私は思っています。

 (2009年4月13日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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