INTERPRETATION

素材は身近なところに

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 「先生、英語力を上げるにはどういう教材を選んだらいいでしょう?」

 通訳の指導をしていると、毎回このような質問を受けます。学びに来ている受講生たちは、授業の予習復習もきちんとやっています。それでもなお「英語力を上げたい、通訳者になりたい」という気持ちが強い人ほど、どのような教材を選べばよいか、真剣に悩んでしまうのです。

 本来であれば、数あるテキストの中から「A社の○○というテキストがお勧めですよ」と言いたいところです。けれどもベストな教材は何か。実は、この問いの「正解」というものは存在しません。なぜならその人がどれだけ勉強に時間を割けるか、どの部分を伸ばしたいか、どんな内容の教材に興味を抱いているかなどは人それぞれであり、一概に「このテキストさえやれば大幅に伸びます」とは言えないからです。このため、基本的には「CDとトランスクリプトと訳文がついていて、少し易しめのものから始めたらいいですよ」と答えるのがやっとです。

 はたしてその後、生徒さんが自分でテキストを選び、取り組んだかどうかは本人が「自己申告」しない限り、講師は進捗状況を把握することはできません。それはまるで医師が患者に薬を処方し、「その後完治したのだろうか」と思いを巡らせるのと似ています。「勉強法やテキストを紹介したけれど、そのあとに何かを訴えてきたわけではないから、たぶん自分なりに取り組んでいるのだろう」という状況は、「最近病院には来ないから、たぶん治ったのだろうな」と思う医師と似ているのかもしれません。

 自分に適した教材は何か?私自身は「身近なところにほどある」と思っています。目下、私にとっては「辞書」「文法書」「ポッドキャスト」の3点です。

 まずは辞書。私は電子辞書を常に持ち歩き、外出先でも、電車の中でも、気になる単語があれば「必ず」「すぐに」引くようにしています。こうして引いた単語は「知りたい」という欲求が強い分、記憶に残ることが多いのです。ボキャビルにまとまった時間が割けなくても、一日一回、こうして辞書を引くようにすれば、一年で365個は新しい単語を覚えることになります。

 二点目の文法書。これは仕事机(と言っても、私が仕事をするのは食卓なのですが)のそばに置いておき、少しでも「ん?」と思った構文や言い回しは索引で引くようにしています。かつて読んだ本に「文法書というのは読むのではなく、引くものだ」とありましたが、まさにそうした活用です。辞書を1ページ目から読まないのと同じく、英文法書も「第一章 文型」から取り組む必要はないわけです。あくまでも「不明点を調べる辞書」の位置づけで良いと思います。

 最後のポッドキャストですが、私はBBCのニュースや英語学習者向け番組、ラジオ日経の経済ニュース、アメリカのフィットネス番組など、幅広くダウンロードしています。今一番気に入っているのはMotivation to Moveというアメリカのサイトが配信しているフィットネスのポッドキャストです。「どうすれば運動する気になるか」「食べ物とダイエットの関係は」など、ためになる内容がいっぱいで、朝、これをジョギング中に聞くと今日もがんばろうという気持ちになれます。

 たとえ時間がなくても、書店で本格的な教材が買えなくても、「知的好奇心を満たす英語学習法とは何か」を探ることが、私にとっての課題と言えそうです。

 (2009年3月9日)

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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