INTERPRETATION

集中する

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 先日NHK−FMのクラシック音楽番組を聞いていると、私の大好きなフランクのバイオリン・ソナタが流れてきました。フランクは19世紀のフランスの作曲家。さほど多くの作品を残したわけではありませんが、このバイオリン・ソナタは物悲しいフレーズながら、力強い旋律もあり、聞きごたえのある作品です。

 私がこの曲に出合ったのは高校2年の時。音楽の授業で各自好きな楽器を皆の前で発表するという課題がありました。私は幼稚園のころからピアノを習っており、続けてきた年数だけを見れば、それなりに弾けるという妙な自信がありました。しかし、クラスの前でこのバイオリン・ソナタを発表した友人を見て、この自信は大いに砕かれたのです。

 友人のバイオリンはもちろんのこと、難しいピアノ伴奏を担当した仲良しの友達の演奏にも私は衝撃を受けました。「私は長いことピアノを学んできたのに、彼女たちの演奏の足下にも及ばない。なぜだろう?」というショックです。自分ではこれまで毎日一生懸命練習してきたつもりでした。それだけにこの日、クラスの前で演奏した自分の出来映えがとても拙いものに思えてしまったのです。

 最近になって、なぜこうした実力差が当時あったのか、自分なりの答えが見つかりました。それは一にも二にも「集中力」です。つまり、私としては毎日一定時間をピアノ練習に費やしていましたが、量の割には質が伴っていなかったのです。たくさん弾いていたとしても、何に焦点をあてて弾くべきかを考えないまま、やみくもに時間だけをかけていたのでした。

 私は今年の自分自身のキーワードに「集中」という言葉を掲げています。たとえば通訳の勉強でシャドウィングをするときはその内容を意識し、口をしっかり動かすことに集中します。また、日常生活の中でも常に目の前のことに全力を傾けるようにしています。それこそティッシュ一枚を取り出すときも、きちんと取ることを意識するようにします。なぜならば、あわててティッシュ箱から引っ張り出して、端がちぎれてしまうことが結構あるからです。急いでいるからと引出しの開け閉めも慌ててやってしまうと、中のものを引っかけたり、自分の指を挟んだりしてしまいます。

 この「集中する」という作業、実はミスが減るだけでなく、動作自体がとても丁寧になります。音をむやみにたてない、歩くときもドスドス歩かない、職場で席を離れるときは椅子を入れるなど、周りが見ていて美しい動作になるのです。これは私にとって大きな発見でした。

 ただ、目下私の課題は、パソコンのキーボードを打つ時の音!集中して打ち込む分、ものすごい音を立てているようです。今年はこの改善を図りたいと思っています。

 (2009年2月2日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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