INTERPRETATION

フィードバックをどう受け止める?

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 通訳業をしばらく続けていると、「果たして自分の通訳はこれで大丈夫なのだろうか」と思うことがあります。自分では精一杯訳していても、それが市場のニーズに合っているのかどうか、あるいはもっと改善点があるのではと思う時です。

 私自身が心がけていることは、「フィードバックを大切にすること」です。何か改善できる部分があれば、改善してよりよい通訳をしていきたいと思います。一人よがりの通訳に陥らないためにも、それは必要だと思っているからです。

 もちろん私も一人間ですから、おほめの言葉を頂けばとてもうれしく思います。「先日の通訳は聞きやすかった」とか「メリハリのある話し方で良かったです」などといったコメントをいただくと、よし、これからも頑張ろうとやる気が出てきます。

 しかし、いつもこうした好意的なものばかりとは限りません。自分としては何日も前から予習をして単語帳も作り、関連文献も徹底的に読み込んだにも関わらず、厳しいコメントが寄せられることもあります。オリジナルスピーカーがかなり冗長だったので、良かれと思って繰り返しの部分を省いたところ、「はしょった訳だったのではないか」と言われたこともありました。また、デビューしたてのころ、初歩的なミスをエージェント経由で指摘されたこともありました。

 どのような業界でも、お客様のフィードバックというのは必ずあります。最近は「クレーマー」などという流行語も生まれてしまい、些細な部分を大げさに苦情として申し立てる人もいないわけではありません。その一方で、企業であれ一通訳者であれ、一つ一つのコメントやクレームを取り上げたり気にしていたりしたら、いくら寛大な人間でも身が持たないでしょう。

 そこで私が最近心がけているのは、「自分が改善できるような建設的なフィードバックは受け入れる。ただし、意訳や言語定義など、個人の主観的な部分のコメントは参考意見としてとらえておく」ということです。

 つまり、少しでも自分のパフォーマンスがより良いものになるのであれば、どのような厳しい言葉であっても、それは素直に受け入れるべきだと思うのです。でも、同時通訳であれ、逐次通訳であれ、通訳現場は常に時間の制約があります。そうした中、限られた時間を節約するために意訳をする場合もあるわけです。その意訳が文脈全体に大きな打撃を与えないのであれば、自分の意訳に自信を持って構わないと私は思います。「オリジナルはこう言っていたのに」というようなクレームがたとえ来たとしても、それはその方のとらえ方としてありがたく拝聴するだけでも良いと思うのです。

 「機長からのアナウンス」(新潮文庫、2001年)の中で、著者の内田幹樹氏は次のように述べています。

 「たとえば六万人のうちの三万人がクレームをつけてくるのだったらわかるけれど、六万人のうち五万九九九九人は文句を言わずに、たったひとりが言った文句に対して、会社が大げさに反応するというのは理解できない。」(29ページ)

 「サービス業なのだから、働いている人が楽しくないとお客さんも楽しい気分にはなれないだろう。」(30ページ)

 航空業界と通訳業界は、業務内容に大きな違いがあるとは思います。でも、あまりにもクレームに敏感に反応して通訳者が萎縮してしまい、伸び伸びと通訳できなくなることの方が、誰にとってもマイナスになってしまうと私は考えます。 

 もちろん、その前提として大事なのは、クライアントさんがそうした通訳者の業務内容を理解し、できる限り事前に資料を出してくださることでしょう。今の時代、情報公開や守秘義務など、資料をあらかじめ出すことが難しくなっているのはわかります。それでもなお、通訳者が最善のパフォーマンスができるよう、みなで協力し合っていくことが、とても大事だと私は思っています。

(2008年9月8日)

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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