INTERPRETATION

本当にたいせつなもの

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 先日このコラムで健康診断を受けたと書きました。内科、胃腸科など検査項目が広範囲にわたったので、今年も複数の病院で受けました。血液検査や骨粗しょう症検査など、医師に褒められるほど良好で、私自身とてもうれしく思っていました。

 ところが二つだけ、引っかかってしまったのです。

 一つは胃がん検査。「要再検査」にこそなりませんでしたが、所見のところに「慢性胃炎」と出ていたのです。これには驚きました。というのも食欲はあるし胃腸の調子は極めて良好。自覚症状はまったくなかったのに、「胃が荒れているので、不調を感じたら診察を受けましょう」とのコメントがあったからです。確かに4月以降は本当に慌ただしい毎日で、常に緊張状態が続いていたのも事実です。それが胃に反映されてしまったのかもしれません。今後もし胃の具合が悪くなったら、躊躇せず、きちんと診察してもらおうと思いました。

 しかし、これ以上にもっとショックだったもの。それは乳がん検査でした。

 レントゲン写真を見ながら先生は「ここに小さな白い影がありますよね。乳がんかどうか断定はできないので、念のため精密検査を受けた方が良いと思いますよ」とおっしゃったのです。そこは個人病院だったので、先生は地元の総合病院の外科医師あてに紹介状を書いてくださいました。私は翌日から1週間の家族旅行を控えており、キャンセルしようかさんざん迷ったのですが、「乳がんと断定できるほど明らかではない」とのことだったので旅行は予定通り出かけ、帰京直後に総合病院へ出かけました。

 一回目の診察は主に問診でしたが、念のため超音波もやりましょうということになり、予約を入れました。超音波の結果は翌日以降に出るので、合計で3回通院することになります。大きな病院なので丸一日費やす覚悟をしなければなりませんでしたが、偶然にもうまくスケジュールが空いていたので、なんとか診察日程を押し込むことができました。

 最初の個人病院での診察から1か月。総合病院での精密検査の結果は「異状なし」でした。これには本当にほっとしました。というのも、私の祖母は乳がん患者で、家系的に私がかかっても不思議ではないからです。今回の「小さな白い影」ももしかしたら家系的に問題なければ精密検査にはならなかったのかもしれません。でも、念のため再検査した方が良いと先生方が判断してくださったのでしょう。本当にありがたいと思いました。

 この一ヶ月間、最終結果が出るまで実は心の中ではものすごく心配でした。4月以降、指導や執筆の仕事が増え、しかも夏休みに入ってから家の行事などで出入りが多く、なかなかまとまった時間を確保できない状況が続いていたからです。今、自分が入院や手術などになった場合、複数の指導先を休まなければならなくなるので、その引き継ぎや後任探しが必要になるでしょう。いくつかの媒体で連載も抱えているので、今のうちに原稿をまとめ書きした方が良いかとも思いました。普段健康の時はあまり考えない色々なことを今回は一気に考えさせられ、かなりへこみました。心の中では「最終結果が出てから考えよう」と思う反面、頭の中で勝手にシナリオを作っては、一人で不安になっていたのです。

 そんな話を夫にすると「そこまで来ても仕事の心配!?」と半ばあきれていました。仕事も日常生活も、健康であって初めて実現するのですから、本来であれば健康そのものを感謝しなければならないのです。けれどもそれぐらい仕事面でアップアップになってしまい、考え方もミョーな方向に行ってしまったのかもしれません。

 ここ数カ月、頑張れば何とかなると自分を励ましながら(?)続けてきました。自分自身、何かを集中してこなしていくのは、好きなことでもあるのです。でも体を過信しすぎてしわよせが出ていたのだとすれば、それは大いに反省すべき点です。特に私は完ぺき主義に「暴走」する傾向があるので、これからはストレスをためないよう心がけ、良い意味での「いい加減さ」も身につけたいと思っています。

(2008年8月18日)

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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