INTERPRETATION

働くのは誰?

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 ここ数年は銀行が破たんしたり、原油が高騰したり、インフレが続いたりと、経済の先行きも不透明になっています。しかも超低金利時代とあって、今まで投資を考えなかった人たちも、株式投資に関心を抱くようになりました。

 このような中、よく聞かれるのが「お金に働いてもらう」というフレーズです。つまり、いくら私たちが一生懸命働いていてもお給料はあまり変わらない。それなら株式や外貨投資などを自分たちで勉強して、そこにお金を投入し、リターンを期待しよう、という考えです。

 新聞を広げると、初心者向けの株式投資コラムも充実していますし、雑誌やハウツー本などもわかりやすく書かれています。これまで株のことをまったく知らなかった人も、勉強して正しい投資先さえ選べば、お金をためることも可能になったのです。

 しかし私はこのような傾向が、ややもすると過熱気味なのではないかと思っています。そうした記事を目にするたびに、財テクに興味のない人も何となく投資をしなければいけないような、そんな気分になってしまうのです。

 時代が豊かになればなるほど、人間というのはモノを持つようになります。そしていったん手にした物や味わってしまったことは、なかなか手放しにくくなります。

 たとえばグリーン車。昔はグリーン車など、滅多に乗れるものではありませんでしたが、今は誰でも気軽に乗れるようになりました。あるいは飛行機のビジネスクラス。あの広々とした座席をいったん体験してしまうと、もうエコノミークラスは窮屈と思えてしまいます。

 そうしたモノや経験がお金でしか対価交換できないとなれば、お金を増やすのが最善策となります。しかしこれ以上、自分の仕事を増やすのは物理的に無理となると、財テクで増やすしかない。さらに今の日本では老後の生活も不安定となれば、豊富な資金力は必然的とも思えます。ゆえにマスコミは「株式投資で老後の資金を」「正しい投資先を見つけてお金に働いてもらいましょう」というようになったのです。

 しかし、働くというのは本来であれば、汗水たらして一生懸命仕事をすることだと私は思います。そうして得たお金を大事にとっておくことこそ、大切な考えなのではないかと思うのです。もちろん、「お金に働いてもらう」のも選択肢の一つでしょう。でも「ラクしてお金をためる」というのは、「少ない努力で最大限の英語力アップを図る」のと同じように私には思えてしまうのです。

 働くのは私たちです。だからこそ、お金を大切にしていく。情報過多の今、そのような発想転換も必要だと私は考えています。英語にはsave for a rainy dayという言葉があります。大切な自分の労働力の結果を、無駄にしないでいきたいと私は思っています。

(2008年6月30日)

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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