INTERPRETATION

真似すればできる

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 先日読んだ齋藤孝氏の本に、指導力について書かれていました。

 印象的だったのは、どのような指導が効果的か、という一節。たとえ新米の教師でも、そのひたむきさが生徒の共感を呼び、授業がうまくいくこともある、と書かれていたのです

 教えることにしても、通訳業務にしても、誰にも「新米時代」があります。与えられた業務をとにかく必死にこなし、失敗もしつつ、学びつつ、成長していく。そんな時代です。通訳の場合、アサインメントがあると、資料を読み込んだり、単語帳を作成したり、関連文献を読んだりと、本番当日に向けてひたすら勉強します。短期間で専門分野に精通し、プロ並みの知識を蓄えていくのです。「通訳の仕事は毎日が受験勉強のよう」と通訳者たちが口をそろえるのも、うなずけます。

 こうした時期がしばらく続くと、要領も少しずつわかってきます。予習でどこに的を絞って勉強すべきか予測できるようになります。経験値が上がれば上がるほど、効率的な学習方法が身についてくるのです。

 しかし何事もスムーズにずっといくとは限りません。いわゆるスランプの到来です。何をどうやってもうまくいかない。自分では最大限努力しているのに、なぜかかみ合わない。挙句の果てには「この仕事、ホントに自分に向いているのかな?」と自問自答し始めます。「やっぱり私には向いていない。本来ならもっと才能のある人が携わるべきだ。そろそろ仕事を変えた方がいいのではないか」と。

 でもちょっと待ってください。もし皆さんがこのような心境になったとき、本当に自分はとことん努力したのか、今一度考えてほしいのです。「自分では最大限努力した」と思っているかもしれません。でももっと伸びる可能性も秘めているのです。「最大限の努力」と主張することが、裏を返せば「もう辛いからこれ以上努力はできない」ということの言い訳になってはいないでしょうか?

 「英日は得意だけど、日英が伸びない」「つっかえることが多くて、デリバリーがうまくならない」など、自分なりの課題は意識しているはずです。「なるべく英語に触れるようにしている」「シャドウィングは毎日やっている」など、皆さんなりに対策は取ってきたことでしょう。

 このような時は、視点を変えることがまずは大事です。手探りの努力をやみくもに続けるのではなく、別の観点から見てみるのです。私の個人的な経験から見ると、そのような場合に最も効果的なのは、「成功している人を真似ること」でした。ビジネス本で成功事例を読み込むのももちろん良いと思います。でも、もっと直接的な感化を受けるのであれば、生身の人間で成功している人を観察し、真似してみることだと思うのです。

 もう一つ大切なのが、「自分のプライドを捨てること」です。「ある程度経験を積んできた以上、今さら『できない』など恥ずかしくて言えない」「とことん努力したのに、今になって『教えてください』なんて言ったら、軽蔑されてしまうのでは」という恥や恐れを拭い去ることなのです。

 通訳能力を向上したいのならば、オフの日に参加費を払ってでも国際会議に出かけてみましょう。自分が一人の聴衆となって他の通訳者のパフォーマンスを聞いてみるのです。英語表現や間の取り方、声色や話し方など、参考になることはたくさんあるはずです。あるいは、先輩に具体的な勉強方法を聞いてみるのも良いでしょう。質問する際は、「自分はこういう部分が伸び悩んでいる。○○というやり方を△△期間試してみたけれど、今一つ効果が出ない。どうしたら良いか?」という尋ね方をしてみてください。質問が具体的であればある程、聞かれた方も答えやすくなりますので、きっと良いアドバイスをもらえるはずです。

 「学ぶとはまねること」とよく言われます。「真似をすればきっとできるようになる」と自分を信じて、これからも歩み続けていきましょう。

(2008年6月16日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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