INTERPRETATION

絶不調の時、どうするか

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 体調も万全、悩み事もなく、受ける仕事すべてが順調。

 こんな状態で毎日過ごせれば、どれほど幸せでしょう。しかし人間、生きていれば良いこともそうでないことも必ず起きます。悩みというものは古代のころから人間が直面してきたものであり、人間という高等動物に与えられた宿命なのかもしれません。

 私自身、仕事やプライベート面での波は確かにあります。絶好調の時は、受ける仕事すべてが満足のいくアウトプットとなり、クライアントさんに評価していただいたり、次の依頼にどんどんつながったり、という状況です。体もエネルギーで充ち溢れ、隙間時間を見つけてはスポーツクラブに通い、食べるものもおいしく、見るもの聞くもの全て幸せ、といった状態です。こういうときはエネルギーがさらなるエネルギーを招いてくれているのかもしれません。

 しかし、この状況は永遠には続きません。少なくとも私の場合はそうです。ここ数年を振り返ってみると、毎年2月に体の不調に見舞われるのです。たいてい風邪がきっかけでダウンするのですが、「これまでずっとガンガンやってきたのに、なぜ?」と落ち込んでしまいます。もっとも、それまで11ヶ月間、ひたすら邁進してきたのですから、体が悲鳴を上げるのも無理のないことなのかもしれません。

 このような時はおとなしく体を休めて気力体力を回復させるのが一番の近道です。しかし、それまでパワフルに進んできたがゆえに、つい「早く復活しなければ!」と気が急いてしまいます。そして十分リフレッシュしないまま、すぐにまた疲労で心身ともに疲れてしまうのです。そのようなとき、狙いすましたかのように「絶不調」の時期が訪れます。

 何をやってもうまくいかない。通訳では誤訳を乱発し、指導先では単純なスペルミスに気づかぬまま板書してしまう。家庭では、自我に目覚めた幼子たちとのせめぎ合い。挙句の果てには、渡ろうとする歩行者用信号すべてが赤!「いったいどうして!?」と叫びたくなるような状況です。ロンダ・バーン著の「ザ・シークレット」の言葉を借りれば、そうした状況を「引き寄せてしまって」いるのでしょう。

 ではそのようなとき、どうすれば良いのでしょうか?残念ながら、万能薬は存在しません。強いて挙げれば、(1)逃げられる部分はとことん逃げて、これ以上被害にあわないようにする。または、(2)とことん絶不調と向き合い、自力で這い上がる。このどちらかです。

 実は私自身、ここ数週間がまさに絶不調の時期でした。難しい仕事を請け負ってしまい、にっちもさっちもいかなくなってしまったのです。「ぬか喜びして依頼を引き受けた自分」を責める一方、自分のやり方が通じない環境に批判的な目も向けていました。自分なりに改善策を講じたつもりでしたが、なかなか状況は変わらなかったのです。周りに相談もしました。本も読みました。それでも変化は訪れなかったのです。

 しばらくして気づいたこと。それは、私が心の奥底で、「自分の本来のやり方は間違っていないはずだ」と頑なに思っていたことでした。つまり、私は変化を生み出そうと表向きには努力していたものの、潜在意識では「やらなくてもよい理由」を必死に探しては自己正当化に務めていたのです。これではいくら努力を続けても、空回りに終わったわけです。時間もどんどん経過するばかりでした。

 もうこれ以上、逃げることも開き直ることもできないというところまで追い込まれた時、私は観念しました。これは私自身が変わるしかない、と。自分が状況を打破したいのであれば、自分の意志で積極的に取り組む必要があると考えました。

 そうして私は仕事を見直し、業務のアウトラインを書き直したのです。昨晩9時半に取り掛かり、先ほど午前3時半に完了しました。現在この原稿を書いているのは午前4時。普段は7時間睡眠をきっちり守るのですが、追い詰められて出来上がったアウトラインは、私なりに納得のいく内容となりました。これを実践するのは数日後です。はたして成功するかどうかはわかりませんが、少なくとも「やれるだけやった」という事実が、私に自信を取り戻してくれたようです。

(2008年5月26日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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