INTERPRETATION

仕事で本当に大切なこと

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 「伝説コンシェルジュが明かすプレミアムなおもてなし」(前田佳子著、ダイヤモンド社、2007年)を読みました。著者の前田氏は元リッツ・カールトンでチーフ・コンシェルジュ。本書には仕事を進める上で大切なことがたくさん書かれています。

 最近の私は「通訳者とサービス」というキーワードに注目しています。今回も、通訳者として応用できることがあるか考えながら読み進めてみました。そして3つのことを学んだのです。

 一つ目は「ていねいさの必要性」。前田氏は、モノをていねいに扱えば動作がていねいになり、それが心の余裕を生み出すと記しています。

 一方、わが身を振り返ってみると、反省することしきりです。放送通訳の場合、オンエアまでの準備時間は決まっています。とにかく早く原稿に目を通し、本番に備えなければなりません。トランスクリプトで不明な単語が出てきたら、電子辞書を引き、わからない内容であればパソコンで調べるのですが、その際のキーボードを叩く音がガチャガチャとものすごいのです。そして本番になればブースへ飛び込みますが、その時も準備室のイスを元に戻さないまま。机の上も資料や筆記用具が乱雑になった状態で移動することが多いのです。「あ、あのニュース、新聞に出ていたっけ」となれば、バッサバッサと新聞をめくり、目的ページを探すという具合です。周りから見れば「忙しいオーラ」が漂っているわけです。

 通訳という仕事だけに、それこそ指先にまで気を配るぐらい優雅に動作をしていくのは難しいのかもしれません。しかし、「焦るから動きが雑になる。雑になるから余計心の余裕がなくなる」ということを考えると、もっとゆったりと構えた方が落ち着いて通訳をできるだろうなと私は思っています。

 本書から学んだこと2点目。それは「相手が望むことをする」というくだりです。前田氏はその方法として、ご自分がオフの際は他のホテルへ出かけ、お客様の立場としてサービスを見ているのだそうです。つまり、サービスというのは自分がやりたいことをやるのではなく、相手の立場に立って、相手が希望することを行うことが大事だと説いています。

 これは通訳者にも言えるでしょう。私たちはややもすると、「すべての単語を拾った、訳せた」という基準で自分の出来不出来を判断しがちです。相手に聞きやすい通訳を提供できた上であれば、そうした基準も大事でしょう。しかし、「すべてを拾う」ことに集中してしまった分、声が聞きづらかったり早口になったりしていたならば、それはお客様が求めるサービスとは違ってきてしまうと思うのです。聞き手あっての通訳である以上、お客様の望むことを意識しながら訳すことが大切です。

 3つめに大事なこと。それは「謙虚になること」です。知らない内容なのに「そうですね」とあいまいに相手に合わせるのではなく、「そうですか。勉強になりました」と学ぶ気持ちが大切だと前田氏は唱えています。これも通訳者には大事なことでしょう。「自分以外は師」をモットーに、前田氏は困難な場面も切り抜けてきました。たとえば職場で先輩にいじめられた時も、自ら謙虚になり、先輩の長所を見つけることで乗り越えています。謙虚さというのは仕事内容だけでなく、人間関係にも応用できることなのです。

 どんな仕事も楽にこなせるものではありません。だからこそ、この3つを心に留めて、これからも歩んでいきたいと私は思っています。

(2008年5月19日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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