INTERPRETATION

新しいことにチャレンジする

柴原早苗

通訳者のたまごたちへ

 先月下旬、初めてマラソンに参加しました。と言ってもわずか3キロの距離ですので、時間にしてみれば30分もあれば完走できる長さです。

 私は数年前、同じマラソン大会に申し込んだことがあります。当時は「どうせやるならハーフマラソンで」と意気込みばかりが大きかったのです。ところがトレーニングもろくにせずに当日を迎えてしまい、あっさり棄権したのでした。「せっかく参加費を払っていたのに」という思いと、「棄権してしまった」という無念さがその後しばらく私の心の中に残りました。

 今年は無茶をせずに行こうと思ったので、ハーフではなく3キロコースを選びました。けれどもやはり日程的に走りこむ練習時間もないまま当日を迎えてしまったのです。一瞬「今年も無理かな」とあきらめかかったのですが、とにかく3キロだけと言い聞かせ、会場まで自転車を走らせました。

 スタート地点は市内の競技場。現地に到着すると、ものすごい数の参加者たちです。屋台やランニンググッズのお店なども出ており、さながらお祭りムード。小学生からご高齢の方まで、参加者の顔ぶれも実に多様です。しかも空は真っ青に晴れており、紅葉した木々が美しく輝いています。そうした雰囲気にすっかり勇気づけられ、「よし!がんばろう!」と気合いが入りました。

 スタート直後、まず感動したのが「堂々と公道を走れる!」ということでした。その道は普段車で走っているのですが、おとがめなしで道路を走れるのもマラソン大会ぐらいでしょう。私はスポーツクラブで有酸素運動こそしていますが、ランニングは苦手。実は大会前に一度だけ家の周りを一周したのですが、走り始めて数十歩ですでに息切れしてしまったのです。けれどもこの日は足も積極的に前に出てくれて、何となくこれならいけるだろうと思いながら走り続けました。

 しばらくすると、沿道の人々が「がんばって!」「ファイト!!」と掛け声をかけてくれる姿が見えました。最初は「誰か知り合いに声をかけているのかな?」と思っていたのですが、何度も声援を浴びるにつれて、ランナー全体にかけてくれていることがわかり、大いに励まされました。ほんの一瞬のことですが、これで私は勇気づけられたのです。

 前のランナーの背中を見つつ、沿道の住民の声援を受けつつ走り続けるうちにゴールが見えてきました。思っていたよりもあっという間です。タイムは20分5秒。道中、小学生にどんどん追い抜かれ、自分でもかなりスローだったとは思います。けれどもとにかく完走したという達成感は何物にも代えがたく、あきらめずに出場して良かったと心から思いました。

 私にとってマラソンは未知の世界でした。この新しい分野への挑戦にはエネルギーと時間が必要でした。しかし、そうしたハードルをえいっと乗り越えると新たな世界が待っていたこともわかったのです。人間というのはいくつになっても「取り組もう」という勇気さえあれば、きっと克服できるのでしょうね。今回私はマラソン出場からそんなことを感じました。

(2008年12月8日)

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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