INTERPRETATION

雰囲気を学ぶ

木内 裕也

オリンピック通訳

通常、通訳の準備をするときには用語や表現の勉強をしますが、「この業界の人はどんな雰囲気で話をするんだろう?」「どんなカタカナ用語を使い、どんな独特の表現をするんだろう」という視点からの予習は少ないのではないでしょうか? しかしスポーツの通訳をする場合、時にファンに訳を聞かれるような場合には、雰囲気やイメージが非常に大切です。

もしも組織委員会や協会の会議に呼ばれたり、ルールやドーピングに関する話であったりすれば通常の通訳と同じような準備が求められるでしょう。しかしファンへのコメントであったり、コーチ同士の仲間内の会話であったりすると、もちろん訳の正確性が求められると同時に、「違和感のない訳」が求められます。つまり、「スポーツの仲間内の話や、ファンへのメッセージに、この通訳者のこの雰囲気(声のトーンや言葉遣いなど)は合わないよ」となってしまうことがあり得るのです。

これは、もちろん訳の正確性を求めるがゆえに、雰囲気や声の調子に気を使い忘れてしまう、ということもあるでしょう。いつもはまじめな国際会議や社内会議ばかりで、硬い雰囲気で訳してばかりいて、特に雰囲気やイメージに気を使う必要がなかったということもあるかもしれません。場合によっては、あまりスポーツを見ることが少なく、そもそもスポーツ選手や関係者の会話がどんな雰囲気なのかを知らない、ということもあり得ます。

どちらにしろ、関係者の雰囲気をつかんでおくことは、クライアントの満足度につながります。これは通訳者の入っていない会話を聞いてみるのが一番。もちろん、個人差がありますから、明るい性格の人もそうではない人もいます。しかし、「だいたいこんな感じの雰囲気で話をしているんだな」「これくらいの丁寧な表現(もしくはカジュアルな表現)が一般的なんだな」と気づくことがあるでしょう。スポーツによっては、まず会ったら握手から始める(最近はコロナウイルスの影響で変わっていますが)という種目もあります。そして丁寧な言葉は使っても、極端な敬語は嫌う種目もあります。もしくは、非常に上限関係がはっきりとしていて、お辞儀をして、丁寧語だけではなく、敬語が当たり前のように使われる種目も。前者と後者を混乱してしまえば、通訳者の声だとはわかっても、違和感の残るコミュニケーションになってしまいます。すると、クライアントにとっての満足度は下がってしまうに違いありません。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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