INTERPRETATION

頭の切り替え

木内 裕也

オリンピック通訳

ずっと英語で話をしていると、突然日本語で話しかけられても英語で話してしまうということは無いでしょうか? 頭の中が英語に切り替わってしまっていて、すぐに日本語が出てこない、ということ。通訳者として仕事をしていればあまりないかもしれないですが、留学生などには経験があるかもしれません。

これと似たことが、スポーツの通訳現場でも起こりえます。例えばサッカーのワールドカップで通訳をするとなれば、業務はサッカーだけ。このような単一競技のイベントなら良いのですが、オリンピックやパラリンピックとなれば、1日の間に複数競技を担当することも生まれてきます。そうすると、一生懸命に勉強をして予習をした単語が頭の中で混乱し始めることになりかねません。たとえば、サッカーではタッチラインやゴールラインと呼ぶフィールドの境界線が、バスケットボールであればサイドラインとエンドラインとなります。プロの通訳者としては、「サッカーでサイドラインと言ってしまったって、わかってもらえる」という妥協はしたくないもの。

ラグビーワールドカップでは「テストマッチ」という表現がよく使われました。フル代表と呼ばれる、各国を代表するチーム同士の試合を指す単語です。ラグビー以外にも、クリケットで使われることがあります。しかしサッカーでは、International A matchなどと呼ぶのが一般的。逆に言ってしまうと、意味は通じても違和感が残ります。

それに加えて、より厄介なのが、単語の用法が少しずつ変わっていること。ラグビーのテストマッチは、「真剣勝負」であり、各国を代表するチームが試合を行います。しかしサッカーでも最近、テストマッチという表現が使われるようになっています。しかし、このテストマッチはワールドカップのような試合ではなく、強化試合に当たるものを指します。International A matchの1つではあるけれど、ワールドカップやオリンピックのようなものとは違います。強化試合でも選手やスタッフは「真剣勝負」ですが、目的には違いがあるでしょう。すると、ラグビーでテストマッチと言ったら、全力投球の本番。サッカーでテストマッチと言ったら、強化試合。しかしサッカーのテストマッチは日本でよく使われるだけの表現なので、International friendly(国際親善試合)などと英語に訳さないといけません。

目の前にカンニングペーパーをおいておくか、必死に頭の体操をして回路をスポーツごとに切り替えるか、言葉がわかる、というだけではない苦労が複数競技の担当になると生まれます。

Written by

記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

END