INTERPRETATION

無知がバレる瞬間

木内 裕也

オリンピック通訳

全く初めての競技で通訳をする、というときには、何から勉強をしたら良いかわからない、という気持ちになることもあるでしょう。フリー通訳者は、ある意味で、資料が届くまでは「何から勉強すれば良いのだろうか?」と毎日、色々と悩んでいます。それと同じ状況がスポーツ通訳でも生まれることになります。

そんな時に1つヒントとなるのは、「何を知らなかったら、無知がすぐにバレるだろう?」と考えること。「知らない」は「誤訳につながる」ことです。たとえば、TokyoをTochigiと聞き間違えてしまっても、日本の首都が東京であることを知っていれば、「日本の首都である栃木では……」と訳出をすることは無いでしょう。「絶対何かがおかしい!」と思って、他のヒントを探ったり、もう少し安全な訳出をするのではないでしょうか? しかし、日本の首都がどこか知らなければ、「栃木」と言ってしまうでしょうし、「あ、この通訳、日本の首都が東京なのを知らないんだ」とバレてしまいます。

スポーツに置き換えてみればどうでしょうか? 「2011年の女子ワールドカップで日本代表が優勝した」というのは、当たり前の情報。「イチローがMLBのマリナーズなどで活躍した」というのも当たり前の情報。これらを知らないと、聞き間違えから大きなミスをすることに繋がります。そして、「当たり前の情報」には少なくても4段階あります。

1つ目は一般人にとっての当たり前の情報。例えば、上記の例の1つ目をとれば、「女子日本代表はワールドカップで優勝したことがある」というのは、一般人にとっても知っておくべき情報でしょう。2つ目は、ファンにとって当たり前の情報。「2011年のワールドカップで、女子日本代表はアメリカをPKで下して優勝した」はファンであれば知っています。通訳者としては、案件にもよりますが、せめてこのレベルの事前勉強は最低でも必要です。

3つ目はメディアなど、外部の専門家にとって当たり前の情報。スポーツの試合あれば、誰が勝利につながった決勝点を取ったかは多くのファンが知っていますが、そこに至る経緯はあまり知らないでしょう。しかし、そのあたりの情報もメディアの人々は十分に知っています。

4つ目は、内部の専門家が知っている情報。24時間、そのスポーツとともに生きている人々が知っている情報です。なかなか通訳者としてこのレベルの情報まで得るのは難しいです。

しかし、「知らなかったら無知がバレるのはなんだろう?」という疑問からスタートして、この情報4レベルを意識してみると、少しずつ知識を深めることができるようになるでしょう。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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