INTERPRETATION

言い訳探し

木内 裕也

オリンピック通訳

ある国際大会の決勝戦で、試合後の記者会見を担当した時の話です。試合結果、結果に影響を与えた数々のプレー、質問に出そうなシーンなどを書き出したカンニングペーパーを目の前において、記者会見場に備えられた同時通訳エリアに座りました。発音しにくい選手の名前なども、チェック済みです。

そして出てきた質問。まずは敗戦チームの監督への質問です。「Late arrivalは今日の試合結果に影響を与えたと思いますか?」という英語の質問。いきなり、同通パートナーと顔を見合わせました。Late arrivalの意味することが全く理解できなかったのです。しかし、質問を受けた監督は、普通に英語で回答をしてますから、私も早く質問を和訳し、監督の発言も和訳しなければなりません。

「試合の出だしが、結果に影響を与えたと思いますか?」と訳しました。監督の回答は「そんなことはないと思います。」という内容。試合が始まっても、なかなかエンジンがかからずにいる選手の様子を、Late arrivalと表現した、という想定における訳です。比喩的なイメージで、選手の心がまだ、試合に乗り切っていない様子。今考えれば、もう少し他の安全な訳もできたのかもしれないですが、マイクを前にして、これが精々の訳でした。

「何か違っていそうだな……」と嫌な気持ちを持ったまま訳をしていたら、突然、交通渋滞の話に。なんと、チームの会場入りが遅れたという意味でした。何やら、ホテルを予定通り出発したけど、思わぬ交通渋滞にはまって、会場への到着が15分強遅れたそうです。Late arrival、そのままです。余計なことを考えなければ、間違えませんでした。

私としては、そもそも国際大会の決勝戦に一流チームが遅刻してくるとは想像すらしていません。会場で試合の生放送を見てはいましたが、メディアルームにいたので、迷惑にならないように音は下げていました。もしかすると放送中に遅刻の話が出ていたのかもしれませんが、気づきませんでした。遅刻とはいっても、予定時間より遅れただけで、ウォーミングアップには十分に間に合っていたとか。

このようなミスはあったものの、まずまずの訳をして仕事は無事に終わり、会場近くのホテルに戻りました。反省内容は複数ありました。聞こえたままに素直に訳せば、問題のない内容でした。「世界大会+決勝戦+一流チーム=遅刻するはずない」という思い込みもありました。今後の案件で、「今日のチームは遅刻してくるかな?」とわざわざ気にする必要は無いでしょうが、学んだのは、メディアの質問の中には、勝った理由や負けた理由(言い訳)を色々探ろうとするものが非常に多く、それは、試合内容、天候などの条件や怪我などだけではなく、ロジスティックスに関係することもあるということ。そういった視点から考えてみれば、交通渋滞などの情報も重要であるというのが、よく理解できます。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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