INTERPRETATION

入っちゃいけない・触っちゃいけない

木内 裕也

オリンピック通訳

通訳をしていると、スピーカーの声がなかなか聞こえないために通訳席を立ってスピーカーの近くに寄って行ったり、スピーカーの肩をトントンと叩いて、「もう少し大きな声で喋って」とお願いをしたりすることがあります。クライアントから「聞きにくかったら、自由に会議室の中を動き回ってもらって大丈夫です」と伝えられることも少なくありません。スポーツの通訳に限ったことではないですが、やや注意を払うことも大切です。また、会議であれば少し怪訝な顔をされるだけで済むかもしれませんが、スポーツの場ですと、選手や大会にとって大きな影響を及ぼしてしまうこともあります。

例えば競技中に誤って競技コースやリンクに入り込んでしまうと、その時に競技をしている選手が自動的に失格になる競技もあります。マラソンで走っている選手に触ろうとする通訳者はいないでしょうし、そのような機会も無いでしょうが、選手に触れる行為がその選手を失格にすることもあります。競技によっては同時に複数イベントや複数競技が進行しているものもあります。カーリングなどはすぐに隣のレーンで競技が進んでいます。体育館などで行われる競技も似ています。そうすると、通訳業務に一生懸命になりすぎて、気づいたら競技スペースに入り込んでしまっていた、ということにもなり得ません。

オリンピックだけではありませんが、競技会に近づけば近づくほど、選手や関係者の心理状況はピリピリしてきます。そうすると、業務上の必要があったとしても選手に触ることを避けるべきタイミングは多くあります。例えば脚を使う選手であれば、物が脚に触れることをとても気にします。競技によってはそれが腕であったり、肩であったり、色々でしょう。「信頼しているマッサージ師にしか触らせない」というアスリートは数多くいます。

通常の会議であればスピーカーを捕まえて用語を確認したり、「ゆっくり話してね」とお願いしたりすることも多くあります。しかしそれが許されるような雰囲気ではないことが多いです。直接選手に確認したり、お願いをするのではなく、チームの関係者などにお願いするのが賢明でしょう。チームの関係者の中でも、通訳者に気を払ってくれる人がいることもあります。比較的選手と仲のよさそうな人もいます。その様な人を見つけることができれば、その人に質問をしてみると情報を得られることがあります。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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