INTERPRETATION

百科事典

木内 裕也

Written from the mitten

 アメリカの若手研究者にとって、百科事典の編纂に関わるというのは珍しいことではありません。研究者には4つもしくは5つの仕事があると言われています。大学で授業を教えることが主と思われがちですが、例えば私のようにミシガン州立大学に雇用されている研究者は、4つのカテゴリーにおいてそれぞれどれだけの労力を注ぐことが求められているか、百分率で示されます。そのカテゴリーとは「Teaching(教鞭)」「Researching(研究)」「Service(サービス)」「Publishing(出版)」です。それぞれ授業を教えること、研究を行うこと、大学の委員会などで任務を果たすこと、研究論文を発表することです。これら4つのうち3つの分野で秀でた者のみが、昇進を受けることができる、というのが基本的なシステムです。出版の分野では研究書籍や論文の出版がありますが、これは原稿が出来上がっても通常の書籍と違って場合によっては出版まで3年から5年の歳月を要します。したがって若手研究者にとって、手っ取り早く研究結果を認めてもらうには、学会での発表を行ったり、書評を専門誌で発表したり、百科事典の編纂に関わることがあります。私も博士論文の出版を複数の大学出版局と話し合っていますが、時間が掛かります。そこで今年は5つの学会で発表を行い、Book Reviewと呼ばれる書評を出版しました。また丁度今は百科事典の編纂に関わっています。

 百科事典のプロジェクトは基本的にCFP(Call for Paper)を見つけることから始まります。これは「協力者求む」という趣旨のメールで、どのような百科事典で、どのような項目があるのかという概要が書かれています。「自分に手伝えそうだ」となればCFPに書かれた連絡先にメールを送り、項目リストを送ってもらいます。この項目リストとは、百科事典を使う人が検索するキーワードです。大きな百科事典だと何十ページにも渡るリストです。そこには項目と求められる単語数が書かれています。「この項目についてなら書ける」というものを見つけ、編集者に履歴書と一緒に提出します。研究者の履歴書とは10ページから場合によっては30ページ以上にわたるもので、そこにはあらゆる出版や研究発表が記されており、それを精査した編集者が最終的にどの項目をそれぞれの研究者に割り当てるか決定します。

 最終的な連絡をもらった後、それぞれの研究者はStyle Guideと呼ばれる「書き方」に従って百科事典の内容を書きます。このガイドには予測される読者層(どれくらいの専門用語を理解するか、どれくらい応用的な内容を書けるかの判断に必要です)、求められる内容(歴史的背景が必要か、など)などが書かれています。一般的にはそれぞれの項目の最後にはReferenceとして参考文献を複数リスト化することが求められます。

 この作業には報酬がつきます。しかし私の属するHumanities(人文系)では一般に想像されるよりもその報酬は僅かです。例えば私が現在書いているのは2000ワードの項目ですが、これは20ドルです。論文を学術誌で発表して出版しても報酬はゼロですし(通常はその学術誌の1年間購読が最低条件ですから、逆に出費です)、学術書を出版しても1000ドルの収入があるのは珍しい、と言われています。百科事典の編纂に加わって昼食5回(こう書くと私の普段の生活がばれてしまいそうですが)とはやや寂しい気もしますが、厳しいアカデミアの現実です。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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