日米の名刺
日本とアメリカで名刺の持つ役割が違うことは良く知られています。日本では名刺を相手と同様に丁寧に扱い、両手で渡して両手で受け取り、お尻のポケットに入れる財布にしまうことは失礼であり、名刺に色々と書き込むのも失礼だと多くのビジネスエチケットの教科書には書いてあります。また異文化ビジネスの本にはアメリカではミーティングの終わりに名刺の交換が行われるのに対し、日本では名刺の交換で会議が始まるとも書かれています。確かにこれは事実ですが、通訳者としてどれだけの国際的なビジネスミーティングに参加しても、日本人の名刺好きは知られていますから、外国人が自然と名刺交換を行うことがあります。またそうでなくても日本側が名刺交換をしようとして、「ああ、そういえばかつて読んだビジネス書に、日本人は名刺交換が好きだと書いてあったなあ」と外国人が思い出すような素振りを見せることもまれではありません。
アメリカ人が中心の集まりや学会に行くと(アメリカ研究の学者で日本人の名刺好きを知っている人はほとんどいません)、それとは全く違った名刺の役割を目にすることができます。例えば学会の発表の後に、「論文が気に入りました。でも○○についてはどう思いますか?」などと質疑応答で質問し切れなかった内容の質問についてディスカッションが休憩時間にも行われます。しかし休憩時間も限られていますから、そうすると「今度メールしますね」という風に名刺の交換がやっと行われます。パネリストの間でもパネルの行われる前に名刺の交換をすることはありません。パネルを行って、「この人の論文はもっと知りたい」とか「一緒にプロジェクトができそうだ」と判断をした場合にのみ、その相手と名刺の交換をします。その結果、「何でこの人の名刺を持っているんだろう?」「この人、誰だっけ?」ということはありませんし、無駄に名刺を配る必要もありません。
もちろん名刺は片手で交換です。ステレオタイプそのままかもしれませんが、名刺入れではなくお財布から曲がった名刺が出てきたり、場合によってはズボンのポケットから端が曲がっているだけならいいほうで、少し破れた名刺が出てくることのほうが学会では多いほどです。そして自分の名刺もスーパーのレシートやティッシュと一緒にその人のポケットに入っていきます。
名刺交換をすると、まじまじとその名刺を見つめるのが日本流。3秒もあればそこに何が書いてあるか読みきれるはず、などと考えてはいけません。しかしアメリカではすでに相手のことを少し分かった状況で名刺交換をしますから、その人のメールアドレスがどこに書かれているかをチェックすれば、それ以上その名刺を見つめる意味はありません。すかさず裏返して、「○○についてメールする」とか「○○の論文を送る」などと書き込みます。名刺の裏はTo doリストと化すのです。
私は今、ワシントンDCで開かれているAmerican Studies Associationの学会に来ています。10名くらいと名刺交換をしましたが、私の名刺も数枚はズボンと一緒に洗濯され、数枚は1週間後くらいにお財布の中で発見されるのでしょう。
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