INTERPRETATION

「歌詞の文化比較」

木内 裕也

Written from the mitten

 先日金沢で行われていたサッカー指導者向けの国際会議で同時通訳を行っていて、1つ気づいたことがありました。プレゼンテーションを行っていたスコットランド人が、昨年行われた主要な国際大会のシーンをまとめたビデオを流しました。その時のBGMだったのが、ABBAのThe Winner Takes It Allという歌でした。直訳すれば「勝者が全てを奪っていく」という意味です。ちょうど1月の上旬は日本の高校サッカー選手権と重なります。そのテーマソングは昔から「振り向くな君はうつくしい」です。これらの2つの歌詞を比較してみると、非常に面白いことが分かります。

 まずはThe Winner Takes It Allから。本来はスポーツの歌ではなく、恋愛に関する歌です。しかしさびの部分は、こう歌います。”The winner takes it all, the loser standing small. Beside the victory, that’s her destiny.” また別の部分ではこうあります。”The winner takes it all, the loser has to fall. It’s simple and it’s plain. Why should I complain.” 勝者が全てを奪い、敗者は小さくなるしかない、そしてそれに不満を言うな、というメッセージです。勝者を称え、敗者を尊重しながらも厳しい勝負の現実を歌っています。

 日本の「振り向くな君はうつくしい」はどうでしょうか? 「うつむくなよ 振り向くなよ 君は美しい 戦いに敗れても 君は美しい」と歌は始まります。これだけでも、The Winner Takes It Allとの差は歴然としているのが分かるでしょう。そして「今ここに青春を刻んだと グランドの土を手に取れば 誰も涙を笑わないだろう 誰も拍手を惜しまないだろう」とあります。精一杯力を出して負けた者を称える歌です。

 これだけで単純に日本と欧米の文化比較をすることはできませんが、それぞれの国の考え方を反映させ、形作るものが大衆文化だとすれば、非常に興味深い違いだと思います。これは例えばMariah CareyのHeroという歌の歌詞を見ると、Heroは自分自身の中にある、というメッセージですから、ある意味では「自分の内面の力を見出して、目標を達成しなければならない」という風にも考えられます。逆に「失敗しても、それでもヒーローはあなたの中にいる」とも考えられるでしょう。しかし「希望が無いと思っても、それでも自分を見つめなおせば、立ち直ることができる」といっていますから、やはりThe Winner Takes It Allに似ているかもしれません。

 日本人が桜を好むのは、パッと散ってしまう儚さが好きだから、とも言います。これは「潔さ」にもつながる考えで、「潔く負けを認める(散ってしまう)」という日本人の考えを映し出していると言えるでしょう。

 こう考えてみると、たった2つの歌詞の違いですが、とても深い意味があるように思えてきます。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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