INTERPRETATION

「Authenticity」

木内 裕也

Written from the mitten

 アメリカ研究など文化を対象に研究する学問(だけには限らないですが)で頻繁に耳にする言葉に”Authenticity”というものがあります。Authenticとは「本物の」という意味ですから、「本物であること」という意味です。またビジネスの分野でも、例えばレストランの内装を話し合ったり、メニューの打ち合わせをする時に、「オーセンティックなイタリア料理」という風にも使われます。今、私が教えている授業で、このAuthenticityという概念がテーマになっています。

 最近ではYouTubeが授業教材の宝庫と化していますが、今回もYouTubeにある2つのTVコマーシャルクリップを使うことにしました。両方ともアメリカのビールメーカー、Budweiser社のCMです。1つ目は1999年12月に最初に流されたCM。2つ目は2001年にフットボール中継中に流されたもの。アメリカでは冬に行われるスーパーボールというアメリカンフットボールの試合中に流れるCMが放映権の高さから非常に関心を集めます。フットボールファンでなくても、試合のハーフタイムに流れるCMだけはチェックする人が沢山います。また試合の翌日には、どの会社のCMがよかった、悪かったと話題になります。そんなスーパーボールの試合で流されたのが2つめのCMです。

 1999年に流された1つ目のCMはこんなものです。

 ”What’s up?”という挨拶が特に若者の中で人気を持つようになったのは、このCMがきっかけといわれるほどです。このCMを学生に見せると、コミカルで皆笑いますが、特にその内容を気にかける学生はいません。

 2つ目のCMはこのようなもの。

 1つ目のCMと比較して半分の長さのCMですが、このCMを見せると、学生の反応が一度に変ります。1つ目のCMが黒人の若者であったのに対し、2つ目のCMは白人のビジネスマンです。そのため、Wassup?という表現ではなく、What are you doing?という表現にし、PhoneといわずにCordlessといい、「バドワイザーを飲みながら試合を見ているよ」ではなく「輸入ビールを飲みながら市場動向をチェックしているんだ」と言い換えています。それだけで十分に面白いのですが、このCMで最も重要なのは最後の5秒間です。1つ目のCMに出ていた2名の黒人が顔を見合わせて、「一体この白人達は何をしているんだ?」という表情を見せます。

 2つ目のCMが笑いを誘うのは、1つ目のCMの応用パターンであるからと同時に、一般的に白人ビジネスマンの生活として想像されている姿とかけ離れた様子を映し出しているからです。そこにAuthenticityはまったくありません。しかし1つ目のCMについて言えば、「誇張」があるかもしれないけれど、ある程度は黒人の若者生活をAuthenticityをもって表現しているという評価を得ます。ただ気をつけなければいけないのは、本当に1つ目のCMのほうがAuthenticで、2つ目のCMはAuthenticityに欠けているのか、ということ。居間で楽な服装をしてビールを飲みながらフットボールの試合を見る姿は映画やTVで黒人若者の生活として作り上げられていますが、必ずしもそれが正しいとは限りません。そう考えると、Authenticityとは真実を映し出すものというよりは、人が作り上げたイメージであり、それを他の人がAuthenticなものとして受け入れることでAuthenticとみなされるようになるのかもしれません。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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