INTERPRETATION

「欧州の旅6」

木内 裕也

Written from the mitten

 ルーマニアからブルガリアは夜行列車でした。丁度近くの席に座ったのがスペインからソフィアに仕事で出向している男性とそのガールフレンドでした。ソフィアは小さな街で、長期滞在してリラックスするするの出なければ、半日もあれば観光は終ってしまうとアドバイスを受けました。街は想像以上に綺麗でとても気に入りましたが、確かに観光にはそれほど適していないようにも感じました。逆に2週間などの滞在をして、ゆっくりと公園を散歩したり、寺院を見て回ったりするのには適しているようです(というわけでバカンスの行き先を探している人にはお勧めです)。

 ソフィアに到着したのは朝6時頃。まだ外は暗く、駅の中もほとんど人がいませんでした。看板の文字もロシア語のような文字で、正直なところソフィアの第一印象はかなりマイナスなものでした。スペイン人のアドバイスと、そんな第一印象も手伝って、ソフィアから次の目的地ベオグラードへの移動はその日の夜を予定していましたが、その日の午後に変更しました。

 9時近くまで駅の中を歩き回り、街中に活気が出てきたところで観光に出かけました。駅は街の中心部から路面電車で10分くらい離れており、何とか英語の通じる人を見つけて連れて行ってもらいました。ソフィアで目に付いたのは、エスプレッソの自動販売機の数です。写真のような自動販売機が街中に散在していました。駅構内でもエスプレッソを飲んでいる人をよく見かけましたが、30円もしない金額で(物価はとても安かったです)なかなかのエスプレッソを買うことができます。また写真のような屋内マーケットは活気にあふれ、朝6時にソフィア駅で得た第一印象が次第に変りました。よく考えれば、日本でも、始発電車が始まったばかりの駅に行けば、暗いイメージなのは仕方ないですよね。

 丁度市内の公園ではいくつかのマーケットが行われていました。野菜や果物がたくさん売られていました。街中の散策を終え、駅に戻り、写真のような簡単な食事を済ませました。ブルガリアは東側がバカンスの名所で有名ですが、ソフィアもお勧めです。

 ソフィアの次の目的地はセルビアのベオグラードでした。ベオグラードと聞くと、NATOが介入した戦争を思い起こします。セルビアという名前も、内戦の歴史を思い起こさせるものです。アメリカでよく審判を一緒にする友人の両親がセルビアからの移民で(友人はアメリカで生まれました)、必ずしもそんなイメージが今は正しくないことは知っていましたが、つい10年程前に空爆を受けた街がどんな風になっているのか、非常に興味がありました。来週はそんなベオグラードの街で過ごした3日間の様子です。

 だんだんと、このブログが「世界の車窓から」に似てきたと思うのは私だけでしょうか?

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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