INTERPRETATION

「物へのこだわり」

木内 裕也

Written from the mitten

 物にこだわりを持つのはあまり好きではありません。「これじゃなくちゃだめ!」というものを作ると、何らかの状況で代用品しか手に入らない時に、気が紛れてしまうと思うからです。「達人は道具にこだわらない」という見栄かもしれませんが…… しかし仕事をする上で、お気に入りのものもあります。今回はそんなお気に入りの仕事道具を紹介したいと思います。

 通訳者として仕事をするうえで最低限必要な道具として、イアホン、ペン、ノートがあります。どんなに使いにくい同通ブースであっても、せめて音声をとるイアホンは自分の使いやすい製品を使いたいもの。常設のヘッドホンは耳たぶが痛くなりますから、ブースに到着すると最初にするのはヘッドホンを接続口から抜いて、床の上に片付けておくこと。お気に入りのイアホンは、手元で音量の微調整ができて、モノラルとステレオの変更もできるものです。通訳者の耳に入ってくる音声が変換されていない場合、片方の耳からしか音が入らない可能性もあります。そんな場合、モノラルをステレオに変換できる機能が役に立ちます。そしてコードは少し長め。使わないと思っていた資料が急に必要になり、通訳をしながら鞄の中を探すことがあるからです。一昨年の一時帰国では、アメリカにイアホンを置いたまま帰国したことがありました。イアホンがないことに案件前夜まで気づかず、冷や汗をかいたことがあります。家族のウォークマンについていたイアホンを借りて乗り切りましたが、気づいたパートナーに「いつもより随分安そうなイアホンね」と言われたのを覚えています。今では、日本とアメリカに1つずつおいてあります。

 ペンはBic社の製品か、三菱のボールペン。アメリカでは前者、日本では後者です。どちらもキャップのないタイプ。キャップはブースや会議室で行方不明になりますし、急にメモを取る時に遅れてしまいます。ペン先は太いものがお勧め。細いとカリカリ音がして、会議の迷惑です。先が太いと、インクの消費も早いです。1日の会議だと、2回、インクを取り替えることも少なくありません。もちろん、常時数本のペンを準備して、取り替えるのは休憩時間です。またインクは黒より青。資料の大半は黒で印刷されていますから、青いペンがあると、自分の書き込んだ情報が一目でわかります。

 ノートは2種類。逐次用とウィスパリング用。前者は無印良品で1冊100円もしない落書き帳です。縦にめくれるのが便利です。そして何より安い。資料の裏紙は機密保持の心配がありますから、普通の落書き帳を使うのが一番です。しかしウィスパリングではノートを広げる机がないことも、立ったままの場合もありますから、速記用のノートが優れています。厚紙がついているので、メモを取りやすいのです。

 通訳ではなく、学生の論文を採点したり、文献を読んだりする場合は、日本に戻ると大量に購入するゼブラ社のHyper Jell。一般的な赤、黒、青という色に加えて、緑、茶、シルバー、ピンクなどがあります。当たり前の色で書き込みをしてもつまらないので、いつも黒以外を購入します。またアメリカで学生の試験や論文を採点する時は、なるべく赤を使わないことになっています。赤で採点されると、間違えた学生の心理的ショックが必要以上に大きいのだとか。とはいっても、本当に点数の悪い学生は、あえて赤で採点するようにしています。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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