INTERPRETATION

「スポーツと豊かな文化」

木内 裕也

Written from the mitten

 アメリカは「肥満大国」と呼ばれるように、肥満が非常に大きな社会問題として取り扱われています。ファーストフード、自動車社会など色々なところにその原因を見出そうとし、また体重過多による健康問題が増加しているため、喫煙と並んで不要な医療費の一員としてみる傾向もあります。自尊心の国、アメリカらしくProud to be Fat(太っていて何が悪い)と書かれたTシャツを着ている人もいますし、Fat Studies(肥満学)が大学の研究分野として確立してもいます。

 興味深いのは、その反面アメリカがスポーツの国であることです。もしかすると「肥満大国なのに、スポーツが人気」なのではなく「肥満大国だから、スポーツが人気」なのかもしれません。今は博士論文のリサーチをするためにボストンに来ていますが、川沿いをジョギングする人を頻繁に見かけます。近所のジムはいつも混雑しています。スポーツ用品店も大賑わいです。TVをつければメジャーリーグのキャンプ情報や、バスケットボールの試合が放映されています。

 こんな風に人気のスポーツが「観るスポーツ」と「するスポーツ」に分類されるのは比較的よくあることです。マラソンは前者の場合は多いですが、ジョギングは後者でしょう。相撲とサッカーなら、相撲が前者でサッカーが後者です。もちろん、サッカー、野球のように両方に属するスポーツもあります。しかしスポーツは別の分け方もできるのではないでしょうか?

 それはスポーツと身体の関係です。身体を使って目的を達成するスポーツと、身体がスポーツの目的となるスポーツです。サッカーや野球は前者です。サッカー選手の目標は筋肉で引き締まった太腿を作ることではなく、遠くに正確なボールを蹴り、ゴールにそのボールを入れること。その為に身体を鍛える必要があります。野球選手も同様です。身体を鍛えること自体が目的ではなく、鍛えられた身体は目的を達成するための手段です。

 身体が目的となるスポーツとは、ジョギングやヨガなど。10キロを短時間で走ることが目的であると同時に、身体を鍛えることが目的でもあります。駅前のジムで開かれている様々なレッスンはこのカテゴリーに入る場合が多いでしょう。

 これら2つのスポーツには大きな違いがあります。前者は「争い」の要素が非常に色濃くあります。歴史的に考えると労働者が街や工場をまとめてチームを作り、近所のチームと争ったところに原点があります。後者は「身体」だけではなく「知識」が非常に重要な役割を果たします。もちろん戦術と言う観点では前者の「知識」が不可欠ですが、2つ目の種類のスポーツの根底には「健康志向」や「美しい身体作り」などという1つ目の種類のスポーツには含まれない、より抽象的な考えが中枢をなしています。隣村のチームに3点差で勝利したというのは非常に明快ですが、ヨガをしてからだの調子がいい、というのはやや抽象的です。

 後者のスポーツは豊かな社会において人気を集めるスポーツであるともいえます。「有酸素運動で体脂肪が5%減少した」という背景には、スポーツと科学のつながり、そして時間と金銭的な余裕が必要です。日本でもアメリカでも、スポーツをする子供が減少していると聞きます。少年野球や少年サッカーをする子供達が減っているようです。その反面、駅前ジムの会員は順調に増えているようです。また運動をするのと同じくらいの効果がある(はずの)サプリメントや健康器具も人気です。これは日本やアメリカの豊かさを象徴しているのかもしれません。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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