INTERPRETATION

「ポピュラーカルチャー 」

木内 裕也

Written from the mitten

大衆文化を専門にする学術誌で、The Journal of Popular Cultureというものがあります。この分野では非常に有名な学術誌です。私は今年の8月末から、その編集委員をしています。学術誌とは、研究者が独自の論文を作成することから始まります。それを編集者に送ると、内容が学術誌の趣旨と合致するものであるか、出典などの記載に誤りがないか等がチェックされます。問題がないと判断されると、ブラインド・ピア・レビューというプロセスに移ります。関係分野で博士号を取得している2名の専門家に論文を送付します。その際、誰がその論文を書いたか、どんな肩書きの人かなど、個人の情報はまったく与えません。フィードバックは「出版の価値あり」と「出版の価値なし」のいずれかです。2人の専門家が共に「価値あり」と判断したものだけが、出版につながります。私の働く大衆文化の学術誌では、10本の論文のうち、1本が出版につながるという、非常に競争率の高い統計があります。

 私と同じ役職についている人は5人いますが、職務は、まず最初に受け取った論文の内容が、学術誌の趣旨と合致しているか、内容に明らかな誤りが無いかを確かめることです。自分のよく知っている分野ならいいですが、時に個人的に知識の限られた分野の論文も届きますから、注意が必要です。しかし、一流の学者の論文がほとんどですから、アメリカ大衆文化研究の最先端の内容を知ることが出来る、という大きな特権があります。

何か問題があれば、執筆者に連絡を取り、修正を依頼します。問題が無ければ、登録している約100名の専門家の中から、その論文に最適な2名を探し、論文を送付します(提出の際、執筆者は電子コピーに加えて、ハードコピーを3部提出することになっています)。大体、3週間〜4週間で返事が届きます。結果に関わらず、出版を勧める理由や、勧めない理由が事細かに書かれていますので、それを読むだけでも、自分にとって非常に勉強になります。

学術誌は年に6回発行されます。1回に含めることの出来る論文数には限りがあります。今ではバック・ログと呼ばれる、出版待ちの論文原稿が2年分以上あります。つまり、今日、出版の価値あり、と判断された論文が日の目を見るのは、2年後ということです。ですから、2年経っても内容が見劣りしない論文であることも大切です。発行前には、出版社から原稿が届きます。その内容を確認するのも私達の仕事です。この段階になってしまうと、スペルや文法のミスを修正する程度で、よほど大きな問題(内容に偽りがあった、など)が無い限りは、修正を加えることはできません。

この様にして出版された学術誌は、大衆文化学会の会員や、購読者に送られます。また世界中の図書館に送られ、オンラインでも閲覧することができます。細かい数は公表していませんが、大衆文化に関する学術誌では世界最大です。しかし、実際にそれを編集しているオフィスは、写真のようにとても小さなもの。机が2つ、パソコンが1つ。それに本棚が1つと、フォルダーをしまうケースが2つあるだけです。

もしも大衆文化に関心のある方は(アメリカだけに限っていません)、なかなか面白い論文を見つけることもできるかもしれません。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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