INTERPRETATION

「 飛行機内での救命活動 」

木内 裕也

Written from the mitten

2005年にEMT(救急救命士)の資格をアメリカで取得して以来、ボストンマラソンなどで救命活動にかかわってきました。一緒にトレーニングを受けた仲間は救急車に乗って仕事をしている人も、ER(救命センター)で仕事をしている人もいますが、私はマラソンなどの際に活動をしています。しかし日常生活の中でEMTの資格が役立つこともあります。先日ボストンから飛行機でデトロイトに向かう途中、病人が発生しました。

 デトロイトまでのフライトは2時間弱。離陸して30分程度が経過し、機内の飲み物サービスが始まった時のことです。「急病人が発生しましたので、医療従事者は申告してください」という放送が流れました。満員のフライトでしたが、医療関係者は私を含め3名。アメリカの歯科医が1人、カナダの看護師が1人、そしてアメリカのEMTである私です。患者はangioplasty(血管形成術)を受けたことのある50歳の男性で、息苦しさを訴えていました。歯科医は自ら専門外であるために、看護師と私で対応できない際に協力するとフライトアテンダントに伝えました。看護師は免許の証明書を持ち合わせていなく、手助けができませんでした。私はEMTの証明書を常時携帯していますので、その結果、私が対応することになりました。

 患者は50歳の男性。ボストン出張からデトロイト経由でカンザスの自宅に帰る途中でした。顔色が悪く、汗をかいて、息苦しさと虚脱感を訴えていました。機内にどのような医療機材が積んであるのか知らなかったので、とりあえず血圧計や聴診器などの基本的なものをフライトアテンダントに持ってきてもらいました。その結果、血圧や脈拍などに異常は見られませんでしたが、指先は冷たく、呼吸は浅く数が多いのが気になりました。その間にフライトアテンダントが飛行機の最前列を片付け、患者の男性と私はスペースのある前方へ移動しました。

 そこでは酸素を与えると同時に、万が一に備えて除細動器や簡易型の心電図の準備も依頼しました。また患者はニトログリセリン(NTG)を持っていました。私がEMTの資格を取得したマサチューセッツ州では、NTGを提供する前にEMTはメディカルディレクションと呼ばれる許可を受けなければいけません。その指示は離陸地であるボストンに仰ぐか、それとも到着地のミシガン州に仰ぐかの確認も依頼しました。また、デトロイトの空港のゲートに医療スタッフも待機させる指示を出しました。ただの飛行機酔いではなく、心臓疾患を抱えていましたから、例え調子が回復してもそのまま乗り換え便に乗せるのは危険と判断したためです。

 フライトは約1時間残っていましたが、顔色は少しずつ回復し、息苦しさもなくなってきました。脈拍はやや弱かったですが安定していましたし、本人も楽になってきた、と話してくれました。到着と同時に地上で待機していた医療スタッフが彼を向かえ、私の任務は終了しました。

 通常EMTは2人でチームを組みます。病院への搬送中は1人が運転しますので、救急車の後ろでは1人ですが、今回のようなケースでなければ、もう1人のEMTの協力無しに対応することはまずありません。そういった意味では非常によい経験になりました。

  今回の写真はフライトアテンダントの1人からお礼としていただいた白ワインと、”medical assistance certificate”と呼ばれる証明書。「今回はご協力ありがとうございます」と書いてありました。本来なら今回のフライトより2つ遅い便に乗るはずでした。しかし特に予定がなかったので、早い便に乗せてもらったのです。特に専門技術を要したわけではありませんが、少しは誰かの役に立てたかな、とうれしく感じました。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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