INTERPRETATION

「学会」

木内 裕也

Written from the mitten

日本語では「大衆文化」と訳されるポピュラーカルチャーに関する学会に参加して来ました。この分野では非常に規模の大きな学会で、PCA(Popular Culture Association)とACA(American Culture Association)という2つの団体が共催している集まりです。今年は4日間に渡り、ボストンで行われました。

 先週も学会の話題でしたが、あまり学会に馴染みのない方もいらっしゃるかもしれません。そこで今週はアメリカの学会について、簡単に説明いたします。分野によっても違いがあると思いますが、私が参加する分野(歴史、社会学など)の学会は、まずCFP(Call for Proposal)という「学会で発表しませんか?」というチラシを見つけることから始まります。CFPはメールで送られてくることも、友達が紹介してくれることも、大学のキャンパスで見かけることもあります。CFPには学会を主催する団体の概要や、学会のテーマ、日時や場所が詳細に書かれています。CFPに書かれている内容が自分の専門分野と重なっていて、発表するに値するリサーチや論文があれば、指定されたメールアドレスへプレゼンテーション(発表原稿)の概要を300ワードから500ワードのProposal(提案書)として送ります。

 提案書をまとめて応募するかしないかは、もちろん学会のテーマに左右されるのですが、開催場所も重要です。訪れたことのない街や、好きな街で開かれる学会なら、少しこじつけでも提案書を送ってしまいます。逆に真冬のミシガンで学会を予定しても、提案書はあまり集まらないでしょう。逆にハワイで学会が予定されれば、相当の人数が応募するはずです。

 提案書を送って数週間から数ヶ月経過すると、その結果が送られてきます。「発表してください」という旨のメールが届けば、学会の週末は予定を空けなければいけません。最終的に発表日時が決まるのは学会の1ヶ月前くらいの場合が大半ですから、ギリギリまで予定はたちません。逆に「残念ですが……」という趣旨のメールが届いた場合には、聴衆として学会に参加するという選択肢が残されます。

 今回のPCA/ACAでは約3000人が発表を行いました。非常に規模の大きな学会です。4日間かけても、1日に700人以上が論文を発表します。20以上のセッション(各セッションでは4人〜5人が発表)が同時進行し、朝8時から夜8時過ぎまでセッションが続きます。発表は基本的に1人1回。発表していないときは似た分野の研究をしている、他の人の発表を聞きに行きます。もしくはせっかく新しい土地を訪れているのですが、半日学会をサボって観光をすることもあります。私は今回の学会では4日間のうち3日間だけ参加しました。ボストンは住んでいた街ですから観光はしませんでしたが、友達と食事をするために、やはり少しサボって市内に繰り出しました。

 しかし学会のメインは論文の発表です。15分〜20分の発表を各セッションの参加者で行い、残りの30分程度で聴衆からの質疑応答が行われます。この質疑応答が非常に手ごわいです。聴衆も専門家ですから、非常に細かい点を指摘してきます。自分の主張の正当性を表現できなければ、論文の内容が否定されてしまいます。質問者は”I don’t agree with you(あなたの主張には賛成できませんね)” “Your logic is not working(論理の組み立てが不適切ですよ)” “Your evidence is insufficient(主張が充分にサポートされていませんね)”など、非常に直接的な形で批判されます。発表者としては非常に緊張しますが、この質疑応答を行うことによって、論文はより洗練されたものになります。

 また学会には数多くの出版社がブースを出します。20%〜50%割引で学術書が買えるとあり、多くの人でブースはにぎわいます。私も学会には空のスーツケースを1つ持っていきますが、帰りはそれにいっぱい本が詰まって帰ってきます。また出版社の担当者と自分の研究プロジェクトの話をすることも有効です。私も2009年5月に書き終える予定の博士論文について2つの出版社と話をすることができました。両出版社とも関心を持ってくれました。そのどちらかから出版されればいいと思います。

 学会では論文の発表、出版社の展示だけではなく、学会が主催する市内観光やパーティーもあります。歴史に関する学会に行くと、市内観光が充実しています。一昨年アトランタの学会に行きましたが、アトランタの歴史を専門にしている大学の教授が案内役をしてくれます。参加者も皆学者ですから、非常に興味深い観光を体験できます。またディナーパーティーなどでは著名な学者と話をすることもできますし、「今度は一緒にパネルをしましょう」などとネットワークを広げることもできます。

 学会によっては、新年度の役員選挙も行われます。学会には様々な委員会がありますので、その投票を行います。またその年に新しく本を出版した人を集めて、出版記念会も行われます。

 このように学会は論文の発表だけではなく、様々なイベントが行われます。質疑応答では激しい意見のやり取りも行われますが、会場を出れば和気藹々と、同窓会気分。様々な意見交換が行われています。私は今年になって、Baltimore、San Diego、そしてBostonで発表を行いました。学会は春と秋に集中します。次は10月。3つか4つの学会発表が予定されています。

 今週の写真はボストンの学会会場と、近くの歩道に描かれた「ようこそボストンへ」の落書きです。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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