INTERPRETATION

「The City ってどこ? 」

木内 裕也

Written from the mitten

 通訳をしていると「専門用語を覚えるのが大変ではありませんか?」という質問を受けます。確かに毎日分野が違う環境の中で、新たな用語を覚えるのは大変な作業。時間もかかるし、場合によっては発音がわからなかったり、漢字の読みがわからないことだってあります。でも、正直なところ「それも仕事のうちなんです」という気持ちで一生懸命に覚えます。それよりも大変なのは、社内、もしくは部署内だけで通じている用語。これはインターネットにも、大辞典にも載っていません。ある企業内の会議では「そんなことより、例のバルカン半島をどうにかしようよ」という発言がありました。突然の発言に頭の中は「?」でいっぱいになりました。逐次通訳でしたから隣に座っていた発言者に「バルカン半島ですか?」と確認すると、「そう、戦闘地域ね。言い換えれば、このプロジェクトで唯一硬直状態の話のこと」という説明。その部署の中では、プロジェクトで発生した問題を「バルカン半島」と呼んでいたのです。

 この様なことは日常生活でも起こります。特に近所の人たちだけに通じる言葉もたくさんあります。例えばボストン近郊のBrooklineという街に住んでいた時にDo you want to have lunch at the Corner?と言えば、「Corner」とはCoolidge Cornerという、小さなレストランが集まった一角を指しました(写真)。しかしその隣町でCornerと言えば、Packard’s Cornerと呼ばれる一角。ちょっと間違えれば、全く違った場所で待ち合わせをすることになってしまいます。またボストンのことをHubと呼ぶ人もいますね(写真)。ちなみにニュージャージー州を”Armpit of the US”と呼ぶ人もいます。

 ニューヨーク州でthe CityというとマンハッタンがあるNew York City。多くの日本人にとってニューヨークとはマンハッタンですが、地図を見ればわかるとおり、実は巨大な州です。ナイアガラの滝だって、ニューヨーク。しかしマンハッタンから5時間離れた都市であってもI went to the City last weekend.と誰かが言った場合、それは大抵マンハッタンを指します。もちろん、NYC以外にCityはたくさんあるのですが。

 ミシガン州に引っ越して学んだのは、UP(「ユー・ピー」と呼びます)。通常、アカデミックな世界ではUniversity Press(大学出版局)の略号で使いますが、ミシガンではUpper Peninsulaの略。ミシガン州は手袋の形をした部分のほかに、北側に半島が突き出しています。そこを通称ユー・ピーと呼んでいるのです。逆にミシガンでCityといっても、「どのCity?」というリアクションで終わってしまいます。

 この様な通称は、多くの主要大学にもついています。場合によっては中学校や高校にまで。各大学にはマスコットがいますので、それを元に決められています。私が最初に留学したBoston CollegeはEaglesでした(写真)。今いるMichigan State UniversityはSpartans。日本のプロ野球チームがジャイアンツ、ライオンズ、などと呼ばれているのと同じです。大学のスポーツイベントに行くと、みなGo Eagles!などと書かれたTシャツで応援しています。この様に通称を使うことで、帰属意識を表しているのかもしれません。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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