INTERPRETATION

「Keep the Ball Close to Your Heart」

木内 裕也

Written from the mitten

 12月中旬より1月8日まで、数ヶ月ぶりに日本に帰国しました。家族や友人に会い、数々の忘年会に招待され、あっという間に3週間は過ぎてしまいました。その中でもハイライトといえるのが、2年に1回開催されるサッカー関係の国際会議でのお仕事です。前回行われた2005年1月の会議から同時通訳者としてお手伝いをしている会議です。国際サッカー連盟や欧州サッカー連盟などの講師を招待して3日間に渡って、サッカーのコーチング、最新のトレンドなどを話し合います。サッカーファンの私としては、これ以上に楽しみなお仕事はない、と言っても過言でないほどの案件です。

 いつもどおり3名の日英同時通訳者が入り、大阪の国際会議場で無事に会議は行われました。前回はドイツ語やフランス語の通訳も入りましたが、今年は英語だけ。通訳者は皆サッカーファン。休憩時間中もサッカーの話で盛り上がりました。会議では昨年夏のワールドカップを受け、日本代表やアジア各国の戦い方を分析したり、日本サッカーのレベルを引き上げるにはどうすればよいか、といった内容が話し合われました。その中でも数点、心に残った点がありましたのでいくつか紹介したいと思います。

1つ目は”Keep the ball close to your heart.”という言葉。ちょうど私が英語から日本語に訳していたときに出てきた言葉です。「ボールを心のそばに」というメッセージ。何か好きなものを見つけたら、それを心から大切にしなければなりません。練習場にボールを置き忘れそうになる日本の少年サッカーの選手を見ると、恵まれた環境にいることで基本的な姿勢を忘れてしまうのかもしれない、と感じずにはいられません。

2つ目は「私たちの」という考え方の大切さ。代表チームが活躍すれば誰もが「私たちのチーム」と言ってくれます。しかし敗戦が続くと「あなた達のチーム」「あなた達はどうチームを立て直すのか?」と言われます。もっと結果が悪いと「彼らのチーム」「彼らはどうチームを立て直すのか?」となるのです。日本人の熱しやすく冷めやすい性格によるものなのかもしれませんが、”It’s our team” “It’s our problem”という姿勢は様々な分野において大切でしょう。

 最後に主催者の心の温かさ。通常の会議では同時通訳者の名前をスクリーンに出して紹介したり、会議の終わりに「皆様の後方にある狭いブースの中で、3日間に渡り一瞬とも集中を切らすことなく同時通訳をしてくださった通訳者の皆さんに拍手をお願いします」ということはまずありません。馴れないことで照れくさくもありましたが、とても嬉しい一瞬でした。確かに同時通訳者は黒子に徹するべきです。しかし最後に黒子が表に出ることは逆に望ましいことであるとも思います。知人からある建築プロジェクトの話を聞いたことがあります。大きなビルが建築された後、ある壁には何百もの人の名前が彫ってあったそうです。その名前は建築に関わったあらゆる人の名前だそうです。建築前に土砂を運び出したトラックの運転手。建築現場の警備担当者。そしてプロジェクトマネージャーまで。無名のままでいることに美を求めるのも日本文化ですが、時にはこんな評価があってもいいでしょう。

 また今回の会議では主催者にお願いをして、通訳志望の学生が1名見学しました。実際に彼女が通訳者の道を選択するかはわかりませんが、予備の同時通訳ブースで1日過ごし、我々の仕事を間近で見た経験はきっと思い出に残るものになったはずです。そして私が通訳者になろうと勉強をしながら会議を見学した時のように、何よりの動機付けになったに違いありません。テレビで通訳を見たり聞いたりしても、授業で通訳の練習をしても、やはり1000人近くの聴衆が集まる国際会議の現場を見ることには勝りません。

  大阪から帰宅後、半日で成田へ向かう強行スケジュールでしたが、非常に印象深い会議となりました。今から2009年の会議が楽しみです。今回の写真はブースの様子。同時通訳のユニットをご覧になったことのない読者のために、BOSCHのユニットを写真に撮りました。この機会を使ってチャンネルを操作し、同時通訳を行います。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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