INTERPRETATION

「 学習過程における考える重要性 」

木内 裕也

Written from the mitten

 同時通訳者は2つのタイプに分かれるといいます。会議が終わるとその内容をすぐに忘れる通訳者と、内容を覚えている通訳者。私は確実に後者。「○○さんの基調講演に出てきたあの引用、心に染みましたね」とか「××さんのプレゼンに出てきた統計、想像以上の数値でしたね」とか、ブースメートに話しかけるタイプです。私の周りには結構それに乗って、最寄り駅までの道のりも話に盛り上がることが頻繁にあります(もちろん一般に公開された会議などでのこと。秘密の話はブース外ではいたしません)。しかし時には「今日の会議、どんな内容だったっけ?」と帰宅して思い出せないこともあります。事細かに内容を覚えている会議があれば、ほとんど記憶から消えている会議もある。その違いを考えると、とにかく訳すことに集中して、スピーカーと心を分かち合えなかった会議の内容は忘れてしまうことが多いです。

欲張りな私は、「せっかく色々な人の考えを聞けるのだから、それを自分の知識にしたい」と思っています。ですから訳す作業に少しでも余裕がある場合、訳は客観的に行いつつも、頭の中では一聴衆として批評的な視点を持ちながらスピーチを聞くことがあります。「これには賛成できないな」とか「こんなデータを示せば、もっと説得力が出るのに」とか「その通り!」とか。最近は、このような聞き方の重要性を感じることが増えています。

この批評的な姿勢は詰め込み式の日本型教育では身に付かず、アメリカ型の教育で身に付く、というのが一般の考え方でした。しかし最近はどうもそうではないようです。先日の投稿に書きましたが、教育システムの改革によってアメリカの教育も暗記を重視する形態になりつつあります。詰め込まれた情報量を重視し、考える力を軽視する傾向です。SATやGREなど統一テストで高いスコアを得るために、テクニックに頼る雰囲気があります。その皺寄せが少しずつ大学の教育現場に現れています。

今学期の中間テストと期末テストでは四択問題の成績は優秀(今週の写真は私の研究室と中間試験の解答用紙の束)。しかし学生の意見を問う記述式問題の成績が低迷しました。アメリカの大衆文化が世界に与える影響について書かれた短い文を示し、「これに賛成しますか? 反対しますか? その理由を書きなさい。」という質問でしたが、「○○だから賛成」とか「××だから反対」という姿勢が見えてきませんでした。「授業でこう習ったから賛成」とか「本にこう書いてあったから反対」という風に。これは長年教えているベテラン教授陣も口を揃えて言います。「最近の学生はBecauseの後が続かない」と。かつてはとにかく自分の考えをまくし立て、結局何を言いたかったか忘れてしまうことはあっても、今の学生のように「別に理由はないんだけど、何となく賛成(もしくは反対)」ということはなかった、というのが大半の意見。TVやインターネットの影響で、ただ情報を受け入れ消費する生活に慣れているからなのかもしれません。現在、平均的なアメリカ人は1日にTVを4時間見るといいます。1年にしたら2ヶ月間です。それにインターネットが加われば、様々な情報へ触れている事実は確実ですが、必ずしもその情報を批評的な目で処理していないかもしれません。

これは現代アメリカの最大の弱点かもしれません。アメリカの研究機関がトップレベルとは言え、それを牽引しているのは海外の研究者。「貧しい人に魚を与えると、その人は1日生き延びるだけだが、魚の釣り方を教えれば、一生飢えることはない(Give a man a fish; you have fed him for today. Teach a man to fish; and you have fed him for a lifetime.)」というアメリカの諺があります。情報を詰め込むことと、考えるトレーニングを行うことは、この例に似ているでしょう。事実を教えるのは簡単です。病気になって患部を切り取るのと同じです。しかし本当に大切なのは、病気にならないような生活を送ること。どうすれば学生の考える力を育てられるか、日々試行錯誤です。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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