INTERPRETATION

「 アメリカの地域性 」

木内 裕也

Written from the mitten

 日本国内を旅行すると、各地で地域性を感じることがあります。東京での生活に慣れていると、出張先の人々の歩くスピードがゆっくりに感じられたり、山奥の工場や研究所での通訳案件に向かう電車が1時間に2本しか走っていなかったりすることがあります。もちろん、方言から地域性を感じることもあるでしょう。国土が日本の約25倍のアメリカでは、地域間の違いがより顕著に、様々な場面で現れます。

 非喫煙者として強く感じるのは、タバコに対する考え方。ニューヨークやマサチューセッツなど北東部の州では、公共の建物は全て禁煙です。交通機関や駅でタバコが吸えないのはもちろん、レストランやバーに喫煙席はありません。その代わり、レストランの出入り口には常にタバコを吸うお客さんが溜まっています。ボストンに住んでいた頃、喫煙者である友人と冬に食事に行くと、タバコを吸うたびにコートを身に付け、氷点下の世界に出て行ったのが思い出されます。「寒くて全然リラックスできない」とやや不満そうに漏らしていました。しかし私が現在住んでいるミシガン州では、公共施設での分煙が行われており、全面的な禁煙はありません。レストランなどでは喫煙席が設けられています。こちらに引っ越してすぐの頃、レストランで「禁煙席と喫煙席のどちらにしますか?」と聞かれてとても驚きました。大抵は禁煙席の方が座席数が多く、喫煙席には人が少ないですが、ほとんどの外食産業に喫煙席が用意されています。

 アルコールに関する考え方にも違いがあります。例えばニューハンプシャー州では州がアルコールの販売を独占的に行っています(類似の州はアメリカに20州弱あります)。したがって、アルコールを購入するにはState Liquor Storeと呼ばれる州が経営する酒屋に行かなければ行けません(その分安価です)。マサチューセッツ州だとアルコール販売に必要なライセンスを取得すれば、酒屋を開くことができます。しかし日曜日の午前中にアルコールを販売してはいけない、などという規制もあります。またコンビニエンスストアや薬局でアルコールを販売することはできません。ニューヨーク州では最近まで日曜日の午前中にアルコールの販売が禁止されていましたが、今では週に一定時間アルコール販売を規制する時間を設けることで、日曜日の午前中にもアルコールの販売が可能です。ミシガン州では近所のセブンイレブンでアルコールの購入が可能です。また薬局でもアルコールが売っていますので、風邪薬を購入するついでにビールを買うこともできます。ですから以前、ニューヨークからフロリダに旅行した時、日曜日の午前中にスーパーで買い物をしているときにワインを購入することができたときには、何か悪いことをしているような錯覚を覚えました。

 人の暮らし方にも州による違いがあります。例えば運転。個人的な感覚では日本人ドライバーは非常に運転が上手。教習所で鍛えられているからかもしれませんが、日本で運転していると大半のドライバーが周囲に気を払っているのがよくわかります。逆にボストンやニューヨークの人々の運転の荒さは有名です。信号が青になって1秒でも発進に手間取ると、後ろからクラクションの嵐。ウインカーを出さずに車線変更したり、曲がったりするのは日常茶飯事です。逆にメイン州のドライバーは心優しいです。発車に手間取ってもクラクションを鳴らすことはまずありません。横断歩道を渡ろうとしても、なかなか車が止まってくれないボストンとは違い、横断歩道のないところを渡ろうとする歩行者のために、車が止まってくれます。又、ミシガン州ではウインカーの使用率が極端に低いです。車線変更でも、交差点の右左折でも、ウインカーを使用しない車が非常に多く、十分に注意をしていないと事故になります。

 もちろん食生活にも地域差が現れます。魚介類(お刺身ではありませんが)が多い北東部に比べ、中西部は肉や野菜中心。ミシガンにいると、ボストンのクラムチャウダーが恋しくなります(ボストンにいらっしゃる方、美味しいクラムチャウダーのお店をお教えしますよ!)。西海岸へ行くと中華街やJapan Townなどで魚介類を楽しむこともできます。今はフロリダやカリフォルニアのフルーツがどこでも気軽に楽しめるとはいえ、やはり地域ごとの特徴があります。それを楽しもう、とは思うのですが、やはりGrass is Greenerの諺にあるとおり、各地の生活を懐かしく感じることもあります。

 アメリカ文化を研究するものとして、国内のBorderless化が進んでいるとはいえ、やはり地域ごとの特徴が維持され、その多様性が各国の魅力を高めているのでは、と感じます。もちろん一概にある地域の人はこの様に行動する、とステレオタイプで考えることは危険です。しかしひとまとまりにされがちな集団(例えばアメリカ)の中に存在する多様性に気を払うことも、コミュニケーションに従事する者として大切だと感じます。今週の写真は、昨年の学会で訪れたユタ州Salt Lake Cityのホテルからの風景。そしてニューヨーク市エンパイアステートビル頂上からの景色。最後は感謝祭で訪れたニューヨーク州Sauquoit市の長閑な風景です。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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