INTERPRETATION

「伝える教育とは」

木内 裕也

Written from the mitten

 教育は日本だけでなく、各国において大きな問題です。日本では「ゆとり教育」の弊害が問題となりましたが、アメリカではNo Child Left Behindという政策を元に行われている教育が問題視されています。定期的に共通試験を行い生徒の学習進捗度を確認する、という考えは非常によいのですが、試験の成績の悪い学校に十分な助成金が出なかったり、成績の悪いクラスの担任教師は昇格や昇給の面で不利益があったりします。したがって日本では「創造力を大切にする」というイメージのアメリカの教育システムが、知識を詰め込む教育スタイルに変わりつつあります。またTOEICやTOEFLを受験する直前に試験対策をするように、アメリカ人も共通試験のための対策を行い、本当の意味での教育や知識が軽視されています。その弊害が如実に現れるのは、大学生の書く力です。

 私は現在、ミシガン州立大学(MSU)の大学2年生を中心とする学生向けに開講されている一般教養課程の1つ、The US and the Worldという授業を教えています。約300名が受講する非常に大きな授業です。先日、その授業で第1回目のレポート提出がありました。もちろん自分の意見を明確に論述する学生も多くいますが、文法ミスから始まり、パラグラフを構成できない学生や、一貫性のない論文を提出する学生まで様々でした。

 アメリカ人だからといって、きちんとした英語が書けるわけではありません。多くの日本人英語学習者はEffectが名詞であり、Affectが動詞であるのを知っているでしょう。しかし10名以上の学生がこの2つを混同していました。比較級では形容詞のあとにThanがきます。しかし数名の学生が”more then”や”rather then”と書いていました。Thenは接続詞です。”It’s kinda weird.”は学生同士の会話ならいいでしょうが、論文には不向きです。

 英語の論文には構造上の決まりがあります。最初の数パラグラフは導入。導入部分の最後には、その論文で最も重要な情報を簡潔に述べなければなりません。それが読者にとって地図や灯台の役割を果たし、論文の一貫性を手助けします。またパラグラフには、それ自身の導入、本文、結論が求められます。これらの規則を無視した論文も数多くありました。学生に高校、もしくは大学入学以降にライティングの授業を履修したか聞いたところ、大半の学生は大学入学後に1学期だけ授業を取ったことがある程度で、自分の意見を的確に表現するトレーニングをあまり受けていないことがわかりました。

 これらのルールは日本語の論文を英訳する際に翻訳者を苦しめる点でもあります。ただ英訳するだけなら問題はないのでしょうが、英語論文として受け入れられるためには、文章や段落の順番を入れ替えたり、新たな情報を盛り込んだりする必要があります。従って、Translatorは英文執筆のAdvisor的役割を果たすことが必要な場合もあります。私の授業には数名の留学生がいます。「英語の論文としてきちんとした論文を書けるかな?」とやや心配していましたが、留学生こそ適切な英語で、優れた論文を提出していました。

 「書く」ことはインターネットや携帯メールを通して盛んに行われています。きちんとした訓練がおろそかになりがちですが、効果的なコミュニケーションには自分の考えを相手に的確に伝える力を鍛えることが必要でしょう。

 p02.jpg今週の写真は、自宅にある本棚の一部。平均的な研究者と優秀な研究者の違いをご存知ですか? 平均的な研究者の本棚には、その人がこれまでに読んだ本の数々が並んでいるとか。それに反して優秀な研究者の本棚に並んでいる本の半分は、「タイトルが面白そうで思わず買ってしまった」だけで、まだ読んでいない本。反直感的な感じもしますが、これまでAmazonなどで購入しただけでまだ読んでいない本の数々を眺めると、「自分もいつかは優秀な研究者になれるかも」と希望を持ってしまいます。その前に新しい本棚を追加して、買った本はちゃんと読んだほうがよさそうですね。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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