大学の終身在職権
日本でも話題になっているようですが、先日アラバマ大学の准教授による発砲事件がアメリカで発生しました。かつて高校や大学で発砲事件が発生したことはありましたが、多くの場合は学生や大学と関係のない人による事件で、教員によるケースはそれほど数が多くありませんでした。そのため、アメリカ社会というよりも、アメリカの大学など研究機関に属する人々の中で、この事件は多くの関心を集めています。
この投稿を書いている段階では犯行の動機などははっきりしていませんが、容疑者である准教授が事件の前に終身在職権の審査段階でその権利を却下されていたことに理由があるのではないか、とされています。終身在職権は一般にTenureと呼ばれています。テニュアを与えられている教員をTenured Facultyと呼び、そうでない教員をUntenured facultyと呼びます。Untenuredの人の中にも2種類あり、Tenure TrackやTenure Streamと呼ばれるコースにいる人と、Non-Tenure Trackに属する人があります。基本的にはTenureを手にするには博士号を取得して研究機関で研究を始めてから約7年を要します。Tenureを手にする可能性があるものの、まだその7年間が経過していない人が、前者に当たります。逆にTenureを取得する可能性がゼロでありながら、研究機関で研究したり教えている人が後者です。今回の事件を起こした容疑者は、前者に当たります。Tenure Track Positionと呼ばれる、テニュアをもらえる可能性のあるポジションは非常に数が限られていますから、研究者全体から考えれば、ある意味で恵まれている環境にある研究者でした。
テニュアをもらうには、Tenure Trackの教員として雇用されることが第1歩です。その後毎年か2年に1度の審査を繰り返し、十分な研究実績が認められれば、約7年後にTenureを手にすることができます。よく冗談半分で「Tenureをもらえれば好きな研究ができる」と言いますが、Tenureがもらえるまではとにかく成果を残すことが重要で、自分の好きな研究内容かどうかは2の次とされます。
この審査はResearch(研究)、Publication(論文などの出版)、Service(委員会などでの活動)など4つから5つのカテゴリーが対象となります。私の所属しているミシガン州立大学もそうですが、大きな研究機関の場合は、学生からの評判が悪くても教員は研究者として雇用されていますから、研究成果があれば、授業の質はそれほど重要視されません。逆に小さな学校の場合は、研究成果がそれほどではなくても、学生のフィードバックが重要です。これらの内容を加味して、Tenure Committeeとよばれる委員会のメンバーが、教員に対してTenureを与えるかどうかを決めます。
Tenureがもらえなければ、いつ職を失うかは分かりません。現在の私の場合もそうですが、基本的には1年間か2年間の契約ですから、例えば今年度末で契約をきられる可能性も十分にあります。3月末に来年度の契約交渉が始まりますが、その段階で「来年は必要ありません」と言われてしまえばそれまでです。従って博士号を取得したあとは、もちろん就職先を求めるのですが、tenureの可能性があるかどうかも大きな関心事です。
最近は不況の煽りを受け、いつでも首を切ることのできるNon-tenureの教員採用が進んでいます。結果として教員の異動が増え、教えたり研究する代わりに職探しをするために教育の質が低下するなどの弊害も起きています。特に人文系ではその傾向が強く、問題視されています。しかし大学レベルの視点では高等教育機関がビジネスと化している今、その弊害がなかなか聞き入れられない現実があります。今回の発砲事件はその様な背景のある中に発生し、アメリカの多くの教育機関が抱える問題を浮き立たせていると言えるでしょう。
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