INTERPRETATION

第18回 ごはん通訳

寺田 真理子

マリコがゆく

「通訳さんも食べてください」

そうおっしゃる心優しいお客さま。でも皆さん、けっして話はやめてくれません。食べようったって、そりゃ無理なのです。

「いえ、わたしは大丈夫ですので。どうぞ、お続けください」

お仕事モードのわたしは心からそう言います。すると、皆さん、素直に続けてくださいます。わたしのおなかも素直なので、時々グーグー鳴ります。

すいません、食い意地がはっているもので。ごはん、大好きなんです。

「あ、あのおいしそうなものはなに?」

気が散って仕方ないです。ホントは通訳どころじゃありません。おあずけ状態です。

通訳前は食べる気にならないし。終了後、食事を別に用意して頂ける席もあったりしますが。先にちょっと食べて、終了後に残りをもらえるとうれしいなあ・・・なんて、あつかましいことを考えてみたりして。

社内通訳の場合、「朝は外部とミーティング。午後も外部とミーティング」というスケジュールのときに、「じゃあ、ランチの時間を使ってチームミーティングをしよう」などと言い出す輩・・・じゃなくてお客さまがいらっしゃいます。「わたしを飢え死にさせようっていうの?」と、顔がひきつります。仕方なく食べながらやろうとしますが、結局あんまり食べられないんですよね。通訳って、訳しているときだけじゃなくて、聴いているときも当然すごい集中力がいるわけです。ちょっとした世間話のようなことならいいですが、内容のあるものだとメモもとりながらやるし。ごはん通訳は、かなり高度な技ですよね。

とはいえ通訳も体力勝負。食べないことには身体がもちません。

「どうせ話し出したら、わたしは食べられないでしょ?先にまず食べ終えてからミーティングにしましょう。黙って早く食べてね!」

よく知った仲だと、そんな実力行使に出ます。そして優雅なマナーなどいってられないので、ひたすらかっこみます。あまり見たくない自分の姿です・・・。

でも、単発のお仕事では、「お料理なんて興味はないんです。わたくし、通訳ですから」の仮面をかぶっております。目の前にたまっていくお皿の数々。そして話も終盤に入り、運ばれてきたデザート。ヨーグルト風のやわらかそうなもので、これなら訳しながらでも食べられそう!手を伸ばしかけた瞬間、店員さんの声。

「お客さま、お時間です」

デザート、おいしそうだったなあ。何のソースがかかってたのかなあ・・・。未練たっぷりに、引き上げたのでありました。」

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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