第9回 ござりますれば
その昔、通訳コーディネーターとして会議に入っていたわたしの耳に、イヤフォンから聞こえてきた同時通訳。
「・・・でござりますれば」
あの時は、資料もぎりぎりにしか渡してあげられませんでしたよね。すごく大変だったんですよね。格調高い会議で、緊張されてたんですよね。
そんな事情を知りながらも・・・ごめんなさい!「ござりますれば?えぇ~?時代劇でも見てんじゃないの?ぷぷっ」なんて思いながら、笑っちゃいました。でも、自分が通訳になったいま、とても笑っていられません・・・。
なぜって、法学部卒なだけに、わたしが読んできた教材の大半は判例なんです。しかも、論述形式の試験に備えてしょっちゅう書く練習をしたおかげで、文章まですっかり影響されてしまいました。なにか書いていても、すぐに「蓋し」、「然るに」、「かかる事情に鑑み」、「・・・とするのが妥当であろう」などと、文章だけ読んだら「かなり年配のおじさん」になってしまいます。何十年も昔の人みたいです。
それでも、文章ならまだ、書き直せばすむ話です。だけど、話すときにはよくよく気をつけないといけません。そうじゃなきゃ、「されば、かくあらんと欲す!」なんて、やりかねません。同時通訳で追い込まれていたら、なおさらです。普段ストックされている語彙が、そういう時にポン!と出てくるものですよね。普段読んだり聞いたりする言葉にちゃんと注意しておかなくちゃと思います。
この間迷ったのは、「むべなるかな」。
どうなんでしょう、これ。普段の会話では使わないですが、書き言葉や、おじさまたちの会議の席で「通訳の言葉」としては使ってます。でも、そのときの会議には、お手伝いの学生さんも数名。10代の彼らに、「むべなるかな」はわかるのかしら?もしかしたら、「ござりますれば」と同じくらい遠い言葉なのでは?
「むべなるかな?なにこの通訳。時代劇でも見てんじゃないの?ぷぷっ」
なんて言葉が頭をよぎったわけじゃありませんが、とっさに「これももっともなことです」と言い変えてみたのでした。
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