INTERPRETATION

第25回  英・ジョンソン首相 就任演説

グリーン裕美

国際舞台で役立つ知識・表現を学ぼう!

先週のイギリスは記録的な暑さで40度近くまで気温が上がりました。一般家庭ではエアコンどころか扇風機さえもないのがふつうなので涼める場所もなく、暑いときはただひたすら耐えるしかありません。近くの道路はアスファルトが溶けてボコボコになっています。けれども幸い数日で熱波(heatwave)は去り、今度は10度台の肌寒い週末となりました。

政治面では、予想通りボリス・ジョンソン氏が保守党党首に選ばれ、25日には首相として就任演説が行われました。アメリカの大統領就任式・就任演説のような大イベントではなく、首相官邸前の通りに演台だけが設置され、報道陣を前に行われます。

「Britain Trump(イギリスのトランプ)と呼ばれているジョンソン氏が首相になった」とトランプ大統領は嬉しそうでしたね。ほとんどのイギリス在住者にとって “Britain Trump” という表現は初耳でしたが……。

髪型を始め、トランプ氏との共通点もよく挙げられますが、労働者階級も理解できるような口調で平易な語彙をゆっくりと繰り返すトランプ氏とジョンソン氏の口調はまったく異なります。ジョンソン氏もニューヨーク生まれではありますが、幼少時にイギリスに戻り、名門私立イートン校、オックスフォード大学を卒業。エリート家庭出身でもあり、難解な語彙や比喩の入り混じった表現、韻を踏んだ表現などを身振り手振りでまくしたてることも多く、通訳の難易度は高いと思います。

では、就任演説からイギリスらしい表現などを取り上げます。(全文動画)。

1.Downing Street
「ダウニング街」というのは首相官邸のある道路のことですが、たいていは「首相官邸」の意味で使われます。ただ正確にはNo 10(10番地)が首相官邸で、お隣のNo 11には財務大臣(Chancellor of the Exchequer)が住んでいます。イギリス政治関連の話でNo 10と出たらふつう「首相官邸」を意味します。就任演説では
And that is the work that begins immediately behind that black door.
という文がありましたが、that black doorというのは「10」と書かれた首相官邸の玄関の黒いドアを指します。したがってbehind that black doorというのも首相官邸を意味しています。

2.the doubters, the doomsters, the gloomsters – they are going to get it wrong again.
doubters (懐疑派)、doomsters(悲観論者/いつも世の終わりが来るようなことを言う人)、gloomstersはあまり一般的に使われる語ではありませんが「憂鬱な」の意のgloomyから派生して、doomstersと韻を踏ませて使われたようです。新首相の主な任務はイギリスを無事EUから離脱させることですが、「イギリスがEUを離脱すると大混乱が起きる/経済が破綻し、犯罪が増え、生活が苦しくなる」など悲観的な意見がよく聞かれます。就任演説の冒頭で、そのような悲観論が誤りであり、10月31日には必ずEUから離脱し(come out of the EU on October 31, no ifs or buts)イギリスは民主主義国家としての信用を取り戻す(we are going to restore trust in our democracy)、だから「イギリスの失敗に賭けた人たちは一文無しになる(The people who bet against Britain are going to lose their shirts)」と力説しています。

3.NHS, GP
イギリス在住者にとっては生活のための必須語彙です。NHSはNational Health Service(国民医療サービス)の略、政府が運営する医療制度。GPはGeneral Practitionerの略で、病気になった時にまず最初に診察してくれる医者のこと。「医療が無料なんていいな」と思われるかもしれませんが、病気になってもなかなか診察してもらえないという問題(無料だけど待たされる)が起きており、就任演説では
My job is to make sure you don’t have to wait 3 weeks to see your GP
と、「診療まで3週間も待たずにすむようにする」とNHSの改善を約束しています。

ちなみに2016年の国民投票前の選挙活動ではWe send the EU £350 million a week, let’s fund our NHS instead”.(週当たり3億5千万ポンドも支払っているEUへの分担金を離脱後はNHSへの投資に使おう)と訴えたことについて数字の誤りが批判されていました。
いずれにしても巨大組織NHSの改革はイギリスにとって大きな課題です。

4.primary and secondary schools
日本では「小学校」elementary school、「中学校」junior high school、「高校」senior high schoolと習いましたが、イギリスではふつう「小学校」primary school(4~11歳)、「中学校」secondary school(11~16歳)、sixth form college(高校)です。就任演説ではwe are going to level up per pupil funding in primary and secondary schoolsと小中学校への投資を増やすことを約束しています。

5.Never mind the backstop – the buck stops here.
the backstopというのは昨年11月にEUとメイ首相の間で合意された離脱案に含まれるバックストップ条項のこと(参照記事)。
the buck stops hereは、アメリカのトルーマン大統領の言葉の引用。「他の人はbuck(責任)を転嫁していっても最終的には大統領のところで止める」、つまり「責任は私が取る」の意。
「EU離脱案で一番のネックとなっているバックストップ問題の責任は私が取るから心配するな」ですが、the backstopとthe buck stopsの韻を踏ませた表現で通訳者泣かせですね。

以上、就任演説の前半から解説しました。

2019年7月28日

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記事を書いた人

グリーン裕美

外大英米語学科卒。日本で英語講師をした後、結婚を機に1997年渡英。
英国では、フリーランス翻訳・通訳、教育に従事。
ロンドン・メトロポリタン大学大学院通訳修士課程非常勤講師。
元バース大学大学院翻訳通訳修士課程非常勤講師。
英国翻訳通訳協会(ITI)正会員(会議通訳・ビジネス通訳・翻訳)。
2018年ITI通訳認定試験で最優秀賞を受賞。
グリンズ・アカデミー運営。二児の母。
国際会議(UN、EU、OECD、TICADなど)、法廷、ビジネス会議、放送通訳(BBC News Japanの動画ニュース)などの通訳以外に、 翻訳では、ビジネスマネジメント論を説いたロングセラー『ゴールは偶然の産物ではない』、『GMの言い分』、『市場原理主義の害毒』などの出版翻訳も手がけている。 また『ロングマン英和辞典』『コウビルト英英和辞典』『Oxford Essential Dictionary』など数々の辞書編纂・翻訳、教材制作の経験もあり。
向上心の高い人々に出会い、共に学び、互いに刺激しあうことに大きな喜びを感じる。 グローバル社会の発展とは何かを考え、それに貢献できるように努めている。
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