INTERPRETATION

第17回 名が先か? 姓が先か?

グリーン裕美

国際舞台で役立つ知識・表現を学ぼう!

みなさん、こんにちは。今日は三重県の田舎からお届けしています! 三重というと四日市の石油コンビナートや伊勢神宮、鈴鹿サーキット、シャープの亀山モデル、松阪牛などが知られていますが、2004年に世界遺産登録された熊野古道は三重県の南部も含まれます(参考サイト)。私の実家はこの近くなので、海・山・川などの自然に囲まれ緑が美しい地域です。子供のころは早く都会に出たくて仕方がなかったけれど、今となっては大自然の中で育ったことに感謝しています。

ところで今日は日本のニュースを取り上げます。日本では何十年も議論されていることですが、G20など国際イベントが日本で続けて開催されることもあり、最近河野外務大臣が日本人名の表記について「姓・名」の語順にするよう海外メディアに要請するとBBCでも報道されました(参照記事)。

中国の習近平国家主席(Xi Jinping)や韓国の文在寅大統領(Moon Jae-in)など、他のアジアの人名のように「姓・名」の順とし、安倍首相はAbe Shinzo、河野外務大臣ならKono Taroと表記すべきだと外務大臣は主張しています。

日本語の表記では、「ドナルド・トランプ」のように原語に合わせた表記で意義を唱える人もいないように思います。けれども、これはカタカナの氏名だと日本語でこの語順が自然ということでしょうか? 日系人なども「名・姓」の語順がふつうだと思いますが(例:アルベルト・フジモリ)、グローバル化で何が日本人名なのかという基準もあいまいになっているのでローマ字表記だけではなく、日本語表記についても考えるべき問題だと思います。

実は、この件に関して個人的にずいぶんと悩みました。英語表記がHiromi Greenとなったのは自然に感じましたが、日本語表記でカタカナの姓を先に「グリーン裕美」とするのか「裕美グリーン」なのか? またミドルネームはどうなるのか? 国際結婚をしている人で「名・姓」の語順にしている人や、旧姓をミドルネームとして使用し「カタカナの姓・旧姓・名」としている人もいます。愚息は二人とも日本名のファーストネームと英語名のミドルネームがあります。その場合、公式文書では「姓(いわゆるラストネーム)名(いわゆるファーストネーム)+ミドルネーム」という表記にするべきだそうですが、ミドルネームが最後になるのでなんだか腑に落ちないと思った覚えがあります。だからといって、ミドルネームをいつも真ん中に置くわけにもいきません。ミドルネームを複数持っている人もたくさんいますし。

最近驚いたのはインドネシアの大統領選が話題になったときのこと。ちょうどインドネシア在住の受講生(グリンズアカデミー・オンライン講座)がいたので、授業で大統領選についてプレゼンをしていただきました。再選を果たしたジョコウィ氏のフルネームはJoko Widodo。そこで話題になったのは「どっちが姓か?」 授業では意見が分かれましたが、正解はなんと「両方 “下の名前”」でした! インドネシアでは姓のある人とない人がいるのがふつうだそうです。

そこで米原万里著『魔女の1ダース』を思い出しました。魔女の世界では「13」が1ダース。自分が「常識」だと思っていることが異文化では「非常識」ということは珍しくないのです。

ところで「名」という表現もややこしいですね。以前、日本に住むアメリカ人(日本語能力検定1級合格)からHow do you ask someone what their first name is? と聞かれたことがあります。その理由は「ファーストネームを知りたくて『名前は何ですか?』と聞くと、『田中です』のように姓しか教えてくれないから」とのこと。「ああ、それなら 『下の名前』 だね」と答えた覚えがあります。確かに「名」は書き言葉だし、「名前」を聞かれると姓を答えることも多いですよね。

英語でも文書によっては、GREEN, Hiromiのように姓を大文字(注:最初だけでなくすべて大文字)で最初に記載する場合もあり、first nameという言い方はややこしいときがあります。他の言い方としてはgiven nameやforenameもあります。given name(s)とするとミドルネームも含まれるのでよく使われます。

イギリスに行って間もないころ診療所のカルテ作成の際に、”What is your Christian name?” と聞かれて戸惑ったことがあります。キリスト教徒は洗礼の際に名前が付けられる習慣があったそうで、「下の名前」のことをChristian nameとも言い、first nameやgiven nameと同義語として使われていたのでした。

ついでに余談もお話すると、この後 “What is your religion?”と聞かれ、”no religion” と答えたら、”I’ll write down Christian then(じゃあ、キリスト教って書いときますね).”と言われたのにも戸惑いました。でも、日本人があまり信仰心がなくても「一応仏教徒」と認識しているのと似ているのかもしれません(「信仰心がない」→「キリスト教徒ね」)。

日本人名のローマ字表記の語順については政府内でまだ意見が統一されていないとのこと。みなさんは、どう思われますか? 日本名のローマ字表記をするとき姓が先? それとも名が先? ではカタカナの姓を持つ人の日本語表記についてはいかがでしょう?

2019年6月3日

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記事を書いた人

グリーン裕美

外大英米語学科卒。日本で英語講師をした後、結婚を機に1997年渡英。
英国では、フリーランス翻訳・通訳、教育に従事。
ロンドン・メトロポリタン大学大学院通訳修士課程非常勤講師。
元バース大学大学院翻訳通訳修士課程非常勤講師。
英国翻訳通訳協会(ITI)正会員(会議通訳・ビジネス通訳・翻訳)。
2018年ITI通訳認定試験で最優秀賞を受賞。
グリンズ・アカデミー運営。二児の母。
国際会議(UN、EU、OECD、TICADなど)、法廷、ビジネス会議、放送通訳(BBC News Japanの動画ニュース)などの通訳以外に、 翻訳では、ビジネスマネジメント論を説いたロングセラー『ゴールは偶然の産物ではない』、『GMの言い分』、『市場原理主義の害毒』などの出版翻訳も手がけている。 また『ロングマン英和辞典』『コウビルト英英和辞典』『Oxford Essential Dictionary』など数々の辞書編纂・翻訳、教材制作の経験もあり。
向上心の高い人々に出会い、共に学び、互いに刺激しあうことに大きな喜びを感じる。 グローバル社会の発展とは何かを考え、それに貢献できるように努めている。
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