Vol.65 「正しい努力は裏切らない」
【プロフィール】荒井恵美さん Emi Arai
「ハイキャリアの通訳インタビューのサイト楽しく拝見させていただいています。」という荒井恵美さんに今回はインタビューを受けていただきました。実力もさることながら、いつも現場で柔軟に対応していただけるので、コーディネーターの間では荒井さんの空いている日は取り合いになっているようです。実際にインタビューをお願いした日も、何度かお仕事が入ってしまい夜の時間でお話を伺いました。
Q:本日は忙しいところ、インタビューをお受けいただいてありがとうございました。荒井さんは昔から英語はお得意だったのでしょうか?
A:英語に対する憧れは子供の頃から強かったと思います。小学4年生の時に、自分から母に頼んで英会話教室に通わせてもらいました。そのお陰もあり中学時代は英語が得意でした。でも、高校に入ってからの受験英語は嫌いだったので、生きた英語を学びたくて卒業後はアメリカに留学する道を選びました。父は直接私には言わなかったのですが、留学には反対でした。心配してくれていたのだと思います。母が賛成してくれて、父を説得して背中を押してくれました。留学先は気候がいいロスを選びました。最初の頃は英語が全然聞き取れなくて、YESかNOかで答えるのがやっとでした。現地には誰も知り合いがいなかったので、家族にはいろいろと心配をかけたと思います。私のわがままを受け入れて、1人でアメリカに行かせてくれた両親には今でも感謝しています。
Q:通訳者を目指したのはいつ頃ですか?きっかけは?
A:留学中に自己啓発セミナーのボランティア通訳をやっていました。本格的に通訳の仕事をするようになったのはずっと後になのですが、それが私の初めての通訳経験です。今振り返ってみると基礎が全然できていませんでしたが、その経験がとても楽しくて、通訳という仕事に憧れを抱きました。でも当時は、まさか自分が通訳者になれるとは思ってもいませんでした。
Q:帰国後はどのような仕事をされていたのでしょうか?
A:帰国後は翻訳・通訳会社のコーディネーターの仕事に就きました。今でもテンナインのコーディネーターの皆様から夜遅い時間にメールが届くと、忙しかった当時の状況を思い出して心配してしまいます。(笑)コーディネーターは、お客様と通訳者双方の要望を聞かなければならない大変な仕事です。テンナインの皆様からは、通訳者を大切に思う気持ちが伝わってくるので、私も大切にしたいと思っています。通訳パフォーマンスに影響すること以外は、出来るだけ柔軟に対応するように心がけています。コーディネーターの仕事は楽しくて、やりがいもあったのですが、英語を使う機会がなかったので、化粧品会社に転職して駐在でマレーシアに渡りました。肩書きは秘書だったのですが、実際は翻訳業務がメインでした。時折通訳をすることもありましたが、基礎は全くない状態で対応していました。
Q:そこで英語を使ったお仕事をされたのですね。
A:はい、ただ現地ではきれいな英語というより、ブロークンな英語だったので、逆に私の英語も崩れてしまいました。(笑)日本に戻った後は、最初に製薬会社のグループセクレタリー兼翻訳の仕事、次にダイレクトセリングの会社で、社内通訳・翻訳者として本格的に通訳の仕事をスタートしました。最初は少人数の会議の逐次通訳もまともに出来ない状態でしたが、先輩や上司・社員の皆さんに助けていただきながら、実務を通して徐々にスキルを身につけることが出来ました。その後、同時通訳をするようになった段階で、慌てて通訳学校に通い始めました。基礎を学びたいと思ったからです。現場とは違う大変さが通訳学校にはありました。先生からの指摘も細かいですし、教材も政治経済の内容が多く、知らない単語もたくさんありました。
Q:いつからフリーランスになられたのですか?
A:フリーランスの仕事を受けるようになったのは2009年からです。当時は自動車業界で週に数日社内通訳・翻訳の仕事をしていました。入社後の数年間は、フリーランスになれるとは思っていなかったのですが、新しい業界で様々な会議の通訳を担当させていただくうちに、少しずつ自信をつけることが出来ました。テクニカルな内容の同時通訳や電話会議にも落ち着いて対応出来るようになりました。その後は、パートタイムで社内通訳の仕事を続けながら、フリーランスの仕事を徐々に増やしていきました。リーマンショックの後、フリーランスの仕事が大きく減ったと周囲から聞いたこともありましたし、自分の経験からも東日本大震災が起きた後、原発事故等の影響でフリーランスの仕事が相次いでキャンセルになった時は、パートタイムの仕事は本当に有り難いと思いました。
Q:社内通訳とフリーランスとの違いはどんなところでしょうか?
A:一番大きな違いは、背景知識の有無だと思います。社内通訳の頃は、背景知識に助けられていた面が多かったです。スケジュールはフリーランスの方がきついと思います。常に何かに追われているような感覚があります。頭の中では、「次の会議資料を読まなくては!」とか「初めて行く場所なので、遅れたらどうしよう」など気が休まりません。毎日違う分野の通訳をするので予習も大変です。ただ社内通訳と違って現場が終わってしまえば、嫌なことを引きずらなくていいので、その点はメリットだと思います。例えば、パフォーマンスが思うように発揮出来ずにへこんでいても、家に帰ると次の日の資料がドーンと待っているので、落ち込んでいる暇はありません。与えられた環境でベストを尽くしたら後は忘れる。すぐに気持ちを切り替えて次の仕事の準備をします。精神的には強くなったと思います。
Q:お仕事はフリーランスになった時から順調でしたか?
A:パートタイムの仕事を続けながら、少しずつフリーランスの仕事も受けていたからだと思いますが、最初から順調に仕事入ってきました。社内通訳時代にお世話になっていた通訳の先輩や友人に、クライアントやエージェントを数多く紹介していただけたのが、何より大きかったと感謝しています。分野は色々ですが、自動車に関連する内容が比較的多いです。財務関係の仕事も好きで良くお声をかけていただきます。子供の頃そろばんをやっていて、暗算が得意だったのが役に立っているのかもしれません。
Q:バイリンガルMCのお仕事もされるのですか?
A:通訳の仕事が忙しいので件数は限られてしまいますが、バイリンガルMCの仕事も時折受けています。バイリンガルMCに憧れて、6年程前に個人レッスンを受けたのがきっかけなのですが、最初に日本語のクオリティーの低さを先生に指摘され、かなりショックを受けました。日本語はネイティブなので、自分では問題ないと思っていたのですが、「語尾伸ばし」「語尾あげ」「鼻濁音の発音」から「イントネーション」まで、細かい指導を受けました。私は「〜と」や「〜も」など意味を持たない助詞を強調してしまう癖があるので、直した方が良いと注意を受けました。声のトーンも、日本語は口角を上げて発声すると、ワントーン明るい印象を与えることや、逆に英語はお腹から低く発声した方がきれいに聞こえることを学びました。複式呼吸が身に付いていなかったので、ボイストレーニングにも通いました。まだまだ改善しなくてはならないことは多いですが、当時学んだことは通訳業務に生きていると思います。
Q:他にどんな勉強をしていますか?
A:通訳になったばかりの頃は、よくシャドーイングをやっていました。学校の教材や、CNN、その他いろんな音声を教材に使っていました。後は、大学で英語の准教授をされているカナダ人の先生に定期的に個人レッスンをお願いしていました。テレビのNHKニュースを日本語から英語に同時通訳し、先生にチェックしていただくのがメインでした。通訳になってからも毎年テーマを決めて、新しい知識やスキルを身につけるようにしています。現在のテーマは、英語の発音改善です。「ザ ジングルス」というスクールに通っています。アメリカ人の言語学者の方が、日本人の為に研究・開発されたプログラムなのですが、とても奥が深くて、これまで誰も教えてくれなかったことを多く学んでいます。とにかくトレーニングの内容がとても細かくて、科学的なのに驚きました。「もっともっと早く通いたかった」と強く思います。英語をまねるのではなく、ネイティブと同じ言語筋肉を強化してくれるからです。これまで自分では意識していなかった腹筋、横隔膜、肋間筋、舌を支えるおとがい筋等が強化され、自然に発音が良くなっていくのを実感しています。お客様の反応も変わりました。自宅でのトレーニングは1日5分で良いので、無理なく続けられるのも魅力です。後は、メディカル分野を強化したいと思っているので、アメリカの医療ドラマをたくさん観ています。海外ドラマが大好きなので、趣味と実益を兼ねています。まずテレビの前に辞書を置いて、一回目は純粋に内容を楽しみます。二回目は字幕の日本語に対応する医学英語が聞き取れなかった時に巻き戻して確認し、手元の辞書で調べます。その単語をピックアップして携帯にメモし、移動時間などに復習してします。通訳で使えそうな英語のフレーズもメモします。同じドラマを繰返し観て反復で覚えるようにしています。後は、英語がネイティブのドクターが、過去に発表された海外の研究結果の中で、音声付き説明資料があるものを、インターネットからダウンロードして活用したりもしています。「音声付き」がポイントです。法律用語が豊富に出てくるので、海外の弁護士ドラマもよく観ています。
Q:ところで英単語帳はどのように作っていますか?
A:Excelで管理しています。基本的にはクライアント別に単語帳を作っていますが、IRやメディカルなど分野別に共通用語をまとめた単語帳もあるので、関連する会議がある時にはそちらの単語帳も持参します。全部を覚えることは出来ないので、重要だと思う単語をハイライトして、効率的に覚えるようにしています。覚えにくい場合は、絵と単語を結びつけて、ビジュアライゼーションで覚えることもあります。用語集はクライアントのホームページや頂いた会議資料を基に作っています。
Q:フリーランスは体が資本だと思いますが、何か心掛けていらっしゃることはありますか?
A:運動は定期的にしています。テニスが大好きなので、仕事が入っていない週末はテニスをしてリフレッシュしています。レッスンに通ったり、定期的に試合に出たり。そして、テニスの後に飲むビールが最高のご褒美です。(笑)週末は友達と一緒に飲んで笑って楽しく過ごす時間も大切です。1日24時間では足らないですね。後は、食事が不規則になりがちなので、ミネラルとマルチビタミンを毎日飲んでいます。仕事用の服は出張先で空いている時間に、駅ビル等で買って宅急便で送ることが多いです。毎日の睡眠時間は5時間前後ですが、翌日の準備で数時間しか寝られない日もあります。そんな時には瞑想しています。15〜20分程瞑想するだけで、2時間の睡眠と同じ休息効果が得られるそうです。
座ったままで出来るので、新幹線や飛行機の中でもやっています。方法は色々あるのですが、例えば、目を閉じて深呼吸しながら数字を10から1まで数えて、虹の色を順に思い浮かべていき、頭から足先まで凝っているところを部位ごとに緩めていきます。ゆっくりと呼吸をしながら自然の中にいる自分を想像して、全身をリラックスさせます。深呼吸しながら1から10までゆっくり数えて目を開けると、頭がスッキリして集中力も高まりますよ。緊張をほぐしたい時は、ゆっくり鼻から息を吸い、お腹に息を溜めて10秒間息を止め、その後ゆっくり息を吐いていくのを数回繰り返すだけで、副交感神経が優位になって身体が楽になるのでお勧めです。
Q:通訳者としてやりがいを感じるのはどんな時ですか?
A:チャレンジングな内容の会議を乗り越えられた時もやりがいを感じますが、今まで一番嬉しかったのは、会議が終わった時に「通訳がいるのを忘れていたよ」と、お客様から言われた時です。まるで通訳を介さずに、相手の方と直接話をしているかのように感じられたのだそうです。最高の褒め言葉だと思いました。お客様の役に立てた時は嬉しいです。大変な現場も数多くあったと思いますが、終わると忘れてしまいます。通訳の仕事が楽しくて仕方ありません。一番の趣味なのだと思います。一生続けていきたいです。もしも今、通訳者じゃなかったら・・他の仕事をしながら通訳の勉強をしていると思います。
Q:7つ道具を見せてもらえますか。
A:ボールペンの替芯、附箋、オペラグラス、懐中電灯、乾電池は電子辞書やパナガイドの電池が切れた時の予備です。ジャック、ピンマイク、延長コードやオーディオセパレーターも持ち歩いています。後は集音マイクです。電話会議の時にマスキングテープでポリコムに貼り付けることもあります。集音力は通訳のパフォーマンスに影響するので、音声を拾うためのアイデアを他の通訳者さんから教えていただくうちに、徐々にアイテムが増えました。現場でいろいろな小道具を出すので、お客様から「四次元ポケット持ってるでしょ」と言われたこともあります。(笑)
Q:最後に現在通訳者を目指して勉強している人に向けてメッセージをお願いします。
通訳の仕事は本当に楽しいです。プレッシャーも大きく大変なことも多いですが、とてもやりがいのある仕事です。そしてどんな知識や経験も、趣味や遊びも無駄にならないのがメリットだと思います。どんなことでも、いつ通訳の役に立つか分かりません。
「通訳は場数だから」と良く先輩方から言われましたが、本当にその通りだと思います。コツコツ努力を重ねてうちに、少しずつ得意な分野が増えて行きます。そして、感謝の気持ちを忘れずに1つ1つの仕事を大切にしていけば、必ず自分に返ってくると思います。正しい努力は裏切らないです。逆に気を緩めたり手を抜いたりした時は、そのまま自分に返って来ます。勉強は一生続きますが、お互い頑張って行きましょう!近い将来、現場でご一緒出来るのを楽しみにしています。
【編集後記】
少し間が空いてしまったハイキャリアインタビューでしたが、絶対に次は荒井恵美さんにインタビューしたいと常々思っていたので念願が叶い大変嬉しいです。
通訳という職業が天職なんだなと感じるお話しばかりで、終盤に「正しい努力は裏切らないです」というお話が出てきたときは本当に胸にグッとくるものがあり、通訳者を目指している方に限らず語学を勉強している方にとっても、救われる言葉だと思いました。
これからもテンナインと末永くお付き合いいただけるよう、コーディネーター一同、より一層精進して参ります!
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