Vol.63「通訳は心のご褒美」
【プロフィール】
高畑美奈子さん Minako Takahata
上智大学を卒業後TBSに入社し、番組企画やレポーターとして数々のニュース番組に携わる。その後特派員としてNYで3年半勤務。帰国後、結婚や出産を経て、プロの通訳者を目指すようになる。現在はフリーランスの通訳者として多方面で活躍。
今後は新しい仕事として、通訳学校の講師の仕事にも臨む予定。
Q1:高畑さんはテンナインに2007年よりご登録いただき、大変ご活躍いただいております。今日はよろしくお願いします。フリーランスの通訳者としてご活躍されてもう10年ですよね。元々英語はお得意だったのでしょうか?
私は留学した訳でも、インターナショナルスクールに通った訳でもなく、大学までずっと日本で英語教育を受けてきました。ただ海外生活が長かった祖父母が「これからの時代は英語をきちんと身に付けたほうがいい」という教育方針で、特に英才教育を受けた訳ではありませんが家には英字新聞が置いてあり、小さい頃から祖父母が時々英語で話しかけてきたり、朝の食卓ではNHK基礎英語がラジオから流れているような環境で育ちました。今考えると自然と英語力が身についたのかも知れません。
Q2:大学卒業後はテレビ局に就職されたそうですが、お仕事はどんな内容だったのでしょうか?
TBSに入社しました。当時は男女雇用機会均等法の前でしたので、女子採用、男子採用と別れており、女性は放送記者と呼ばれ、アナウンサーやレポーター、記者の仕事を担当しました。私は外信部という国際ニュースを扱う部署で一番長く仕事をしました。ちょうど湾岸戦争が始まって、国際衛星回線が繋がり、いつでもCNNが観ることが出来るようになり、テレビ局で通訳者の仕事ぶりを拝見する機会も多かったように思います。その時は通訳者を目指していた訳ではありませんが、語学力を生かした専門職があるということは、興味深く拝見していました。私自身も英語が出来るということで、いろんな仕事を任せていただきました。日本でレポーターの仕事をした後、特派員としてニューヨーク支局に派遣されました。支局では支局長、記者が数名、カメラマン1名、それと同じ数ぐらいの現地スタッフがいました。アメリカ東海岸と南米をカバーする支局でしたので、メキシコやキューバにも取材に行きました。人数が少ないので何でも自分でやらなければならない。番組を企画して、アポイントを取り、カメラマンと一緒に取材に出かけ、テープ編集や音付け、衛星と繋いで東京に映像を送り、レポーターまで一人で全部やる生活でした。定時がないようなハードな仕事でしたが、20代で若かったこともあり充実した毎日でした。赴任中にちょうど大統領選挙があり、全米各地にも取材に出かけました。
Q3:いつごろから通訳者を目指そうと思われたのでしょうか?
通訳者を目指したのは帰国後、結婚、出産と自分の人生がどんどん変化していったことがきっかけです。「ニュース23」という番組を担当していた時に妊娠したのですが、夜の番組なので、お昼頃出社し夜中に帰るというサイクルではさすがに妊婦生活は無理だと思い、外信部の日勤に異動させてもらいました。子供が生まれてからは出張が難しい等、勤務時間が不規則な記者を続けて行くことが負担に感じました。また大きな企業の中では昇進すると共に現場を離れることも多く、その時 将来のキャリア形成について考えました。英語の教育関係の仕事に興味があり、大学院に行くことも考えたのですが、漠然としてよく分かりませんでした。一方、通訳者はニュース現場でその仕事ぶりを拝見していたこともあって、より具体的にイメージすることが出来ました。
Q4:それで会社を辞めて通訳者を目指されたのですね。実際に勉強を始められていかがでしたか?
NYでの生活で言葉に不自由しない自分を再発見したことも、通訳者を目指した大きな理由の一つです。まずサイマルアカデミーに通ったのですが、途中のクラスから編入することができ、スムーズに卒業まで行きました。ただ通訳学校に行くまでは英語力にはある程度の自信があったのですが、学校ではなかなか自分が満足するレベルまで出来ず、その口惜しさをバネに猛勉強しました。当時のことは忙しすぎて、どのように勉強していたかあまり記憶になりぐらいですが、ただがむしゃらに育児と家事と仕事の隙間時間を見つけて勉強していたのだと思います。会社を辞めるのは、上司には引き止められましたが、家族の反対はありませんでした。一時的に収入は減りますので、夫には「しっかり稼げるようになるように」と一言だけ言われました。私自身も専業主婦になるつもりは全くありませんでした。
Q5:トントン拍子で卒業されたということは、とても優秀だったんですね。
そんなことありません。ただ私はニュースの現場にいたので通訳学校の教材には馴染みがありました。また3分程度の海外ニュースを聞いて日本語の読み原稿にまとめる仕事も記者時代よくしていたのですが、これは通訳トレーニングのサマリーにとても似ていました。でも通訳学校を卒業してもすぐに同時通訳の仕事が出来る訳ではありません。そういう仕事が受けられるようになるのは、5年、10年後のことです。学校ではとてもいいトレーニングをしていただきましたが、通訳というのは、たとえ通訳学校を卒業しても医師や弁護士免許のような国家資格があるわけではありません。自分は駆け出しの通訳者だということをコーディネイターに正直にお伝えして、最初は展示会の仕事など、自分が自信を持って出来る仕事を一つ一つ丁寧に受けて経験を積みました。当時展示会の通訳に入った際、クライアントから気に入っていただけて、実は今でも時々ご依頼いただいているんですよ。それまでは大企業(テレビ局)の肩書で仕事をしていましたが、その時は私個人として認めていただいたことがとても嬉しかったのを覚えています。これがフリーランスの醍醐味というか、仕事のモティベーションの原点だと思います。また記者時代はカメラに向かって発信しているので、誰に対して仕事をしているのか直接見えなかった。しかし通訳は同時通訳であれ逐次通訳では尚更、誰のために仕事をするのか、対象者が近くにいるのでダイレクトに伝わってきます。伝えた相手の顔が見え、お客様の反応が直接伝わってくるのが記者時代にはない醍醐味です。
Q6:社内通訳から始められる方が多いと思いますが、最初からフリーランスをされていたのでしょうか?
いくつか社内通訳のオファーはいただいたのですが、15年のサラリーマン生活を辞めてやっと手にした自由を手放してなるものかと思いました。(笑)スロースターターだったと思いますが、子供もまだ小さかったので、フリーランスで焦らず丁寧にやろうと思っていました。フリーランスのいいところは家族や自分の状況に合わせて、自分で時間をマネジメント出来ることですよね。今は週に4,5日仕事が入っていますが、子供が小さい時にはスローペースにして、頑張れる今の時期は頑張って仕事を入れています。将来は両親のことや、これから自分も年をとってくるだろうし、うまくコントロールしながら長く通訳を続けていきたいと思っています。
Q7:普段はどんな勉強をされていますか?
昔は英字新聞を欠かさず読んでいましたが、今はインターネットの動画を利用しています。外国の要人の政府関係者への表敬訪問や各省庁のお仕事などのご依頼を頂くことも多いので、ホワイトハウスや米国務省、日本外国特派員協会のサイトにアップされている動画で通訳の練習をしています。また日英の練習には総理官邸や官房長官定例記者会見の動画を使います。毎日全部やるのではなく、1日30分程度です。国連総会やダボス会議の時期はその動画でも練習しています。残念ながら繁忙期はその30分の時間を作るのも難しいのですが、なるべく続けるようにしています。娘も今年で17歳になりますが「通訳という仕事は毎日が試験前みたいだから、私は絶対に嫌だ」と言っています(笑)
Q8:4月から通訳学校で教えられるとお伺いしました。
そうです!また新しいチャレンジです。教えることで私自身も通訳を見直すきっかけにもなると思っています。通訳学校で先生に教えて頂いたことは、今でも覚えています。例えば「取り組んでいます」「努力します」「一生懸命やります」など、良く使われる日本語に対して、いろいろな英語表現な表現が出来ることが大事だと教えていただきました。特に同時通訳では焦りから何度も同じ表現を使ってしまうことがあるのですが、いろんな語彙を身に付けとっさに出せることが大切です。学校で学んだことは10年の経験を経ても難しいことばかりです。通訳者を目指す人に、そういうことも伝えて行きたいと思っています。
Q9:最後にこれから通訳を目指される方にメッセージをお願いします。
通訳を目指すということは、学生時代のテスト前夜の状況が年中続くぐらい勉強をするということです。たくさん仕事を受けられる通訳者になろうと思ったら尚更のことです。学校を途中で辞めてしまう人も多いと聞いていますが、学校でギブアップするようなら、現場ではなかなか通用しません。学校を卒業した直後は、まだ、本当のプロ通訳への入口のその手前に立ったという段階だと思います。ただその覚悟があれば、大きな心のご褒美がある仕事です。他の通訳仲間との出会い、そしてお客様との一期一会の出会いがあり、刺激的でやりがいのある仕事です。これも学校の先生に教えていただいたのですが、通訳力は右肩上がりにずっと上がっていく訳でなく、少し上達すると次はフラットな時期がしばらく続きます。そこをとにかく我慢して地道に勉強を続けることでまた次の成長があります。メンタルの強さもこの仕事の大事な要素です。私も出来たのですから、みんなも大丈夫だと、学校のクラスでは伝えて行きたいですね。
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