INTERPRETATION

Vol.62 「夢を実現する力」

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

【プロフィール】

遠山裕子さん Hiroko Tohyama

2歳から6歳までLAに在住。日本の大学を卒業後大手日本企業に就職。
結婚退社を機に通訳学校に通い始め、プロの通訳者を目指すようになる。
その後自動車、外資金融、飲料メーカー等の企業内通訳を経て、現在はフリーランス通訳者として多方面で活躍中。
2人のお子様を育てながら、通訳学校の講師として後輩育成にも力を入れている。

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Q1:どのようなきっかけで通訳者を目指すようになったのでしょうか?

 父親の仕事の関係で、2歳から6歳まで海外で育ち、小学校入学直前に帰国しました。それから大学卒業まで、英語とは無縁の生活を送っていました。この時期にもっと英語に触れておけばよかったと後悔していますが、当時は自分が将来通訳者を目指すなど思いもよらず、大学卒業後は日本企業に一般職として就職しました。と言うのも、漠然と「結婚して専業主婦になる」のが当時の夢だったんです。現に27歳の時に結婚退職して家庭に入りました。ただ時間に余裕が出来た中、主人からも「折角だから、趣味でも勉強でも仕事でも、何か好きなことやってみたら?」と言ってもらい、何となくずっと気になっていた英語を勉強しようと、いくつかのスクールを見学しました。その中で一番興味を覚えたのが通訳学校でした。とは言っても、当時TOEICで800点前後だった私が入学を許されたのは通訳クラスではなく、英語強化クラス。当時はCNNを見ていても大統領の名前くらいしか聞き取れなかったんです。でも通訳学校での勉強はおもしろく、その後通訳クラスに進級、気づいたら「会議通訳になる」というのが私の次の夢になっていました。

Q2:勉強と育児の両立は大変ではありませんでしたか?

 そうですね。私の場合、色々なことが重なり、通訳学校を卒業するまでがとにかく大変でした。通訳学校に通っている間に一男一女を出産、今振り返ってもこの数年間は記憶にないぐらいに忙しかったです。平日はフルタイムで働き、土曜は通訳学校、日曜は主人に子供をお願いして終日勉強していました。日曜日の朝、主人の実家に向かう主人と娘が乗った車を見送りながら「やっぱり私も行く!」と何度言いかけたことか…。でもフリーランスの通訳者になるという大きな夢があったので気持ちが折れることは一度もありませんでした。第2子出産と通訳学校の卒業試験が重なり、出産予定日3日前まで授業を受け、出産後2週間で学校に復帰しました。家族だけでなく、周りのクラスメートからも「体は大丈夫?」と、と心配をかけましたが、私の中で他に選択肢はありませんでした。いつだったか、先生に「私の通訳としての強みは何でしょう?」と質問をしたことがあるのですが、「諦めないところですね」と即答されました(笑)。「仕事と育児の両立は大変」「仕事と勉強の両立は大変」と言われる中、私は3つを追っていた訳ですから、一秒でも節約できるのであれば何でもしました。私は時間に「ケチ」なんです。

Q3:時間にケチ?面白い表現ですね。具体的にどのようなことでしょうか?

 誰にとっても1日は24時間!足りないと言っても増える訳ではありません。時間のない中で夢をかなえるために、「同じことをするなら最短の時間で」出来るようにいつも工夫してきました。例えば朝の支度時間を少しでも短縮するために、ハンカチは月曜日の朝5枚持っていき、一週間分オフィスに「置きハンカチ」をしていました。そうすることでハンカチの用意は月曜日だけで済みます。1日たった30秒の短縮かも知れませんが、チリも積もれば大きな節約です。それから、お財布が入ったバッグにケータイさえ入れれば出勤できるよう、「置き化粧」や「置きパソコン」もしていました。他にも、本来は食べ物にはこだわる私ですが、昼食は社員食堂のA定食と決めていました。お店まで足を運んだり、メニューを悩んだりする時間を節約して、昼休みには学校の宿題をやっていました。エレベーターも待たずに済むよう、食堂フロアとの往復も移動のピーク時を避けていました。今は子供の成長に合わせて季節毎に衣類や靴を購入しなければならない訳ですが、子供の服も私自身の服も化粧品も購入するブランドを決めていてそのお店にしかいきません。おしゃれの幅は限られるかもしれませんが、十分に満足しています。その買い物をするデパートにも必ず開店時間に行きます。朝一番に行けば駐車場やエレベーター、試着室も待ち時間ゼロで目的を達成できるからです。

 家事は一部アウトソーシングしていますが、料理は毎日作っています。買い物は昼間の空き時間にネットスーパーでオーダーして、その日のうちに配達してもらっています。また娯楽としてのテレビは一切見ません。通訳者として必要な海外のニュース番組や、ワールドビジネスサテライトを録画して、CMは飛ばしながら視聴しています。相当ドライというか「あそび」のない人生だと思われるかも知れませんが、凡人の私が自分の目指す通訳像に向かっていくには、これくらいの覚悟が必要だと思っています。まだまだ何かアイディアがあれば募集したいくらいです(笑)。

Q4:ご自身のことはある程度時間管理出来ると思いますが、お子さんはそういかない時もありますよね?

 そうですね。健康の基本「バランスのとれた食事をよく食べさせ、よく寝かせ」を徹底しています。そして少しでも子供の体調に異変を感じたら、その晩のうちに翌日のシッターさんを手配しています。週末も生活のリズムを崩すようなことは一切しません。月曜日の朝、一番元気な状態で登園し、少しずつ疲れを溜めながら何とか金曜日の夜まで乗り切ってもらう感じです。主人も仕事が忙しく普段は母子家庭のような感じですが、精神的にはとても応援してくれています。そして何より理解を示してくれていることに心から感謝しています。

 自分に少しでも近い経験をさせてあげたい、と娘はインターナショナルスクールに通わせているのですが、テレビから聞こえてきた英語を「なんて言ってるの?」と聞くと、子供の方が変に頭を使わないからいいんでしょうね、意訳でかなりはまる日本語をあててくるんです。「すごいすごい」と褒められ、通訳って楽しいって思っているようです。将来は「モデルになって結婚して赤ちゃんを産んでから通訳になる」と言っています。(笑)家族の理解や応援が支えになっています。

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Q5:通訳勉強法を教えてください。

 私は通訳学校の教材を徹底的に予習復習し、100%自分のものになるまで深く勉強しました。いろんな教材を広く浅くやるより、与えられたものを自分のものにするぐらい勉強したほうが、より身になると実感しています。学校の教材は本当によく出来ています。教材を通して、実践でどのような勉強をしていけばいいのか応用することも出来ます。そして勉強でも徹底的に「時間にケチ」でした。無駄な勉強はしないんです。例えばひとつの教材をただただ最初から最後まで何度も復習するようなことはしません。自分のできる箇所できない箇所の濃淡をつけ、また練習をする時も漠然と練習するのではなく1回1回テーマを決めていました。あとは、日曜日は10時間以上勉強していましたので、長時間集中力を維持するために勉強の順番を考えたり、何かを60分訓練するにも60分を1回やるのと10分を6回やるのとではどちらの方が良いのか効率を考えたり…。時間が足りなかったら、ある時間で最大を生み出すしかないですよね。

Q6:企業内通訳からフリーランスに転向された時、不安はありましたか?

 普通は悩んだりするのかも知れませんが、正直、まだ夢半ばで、悩む余裕もなく、前進あるのみ、でした。今まで長期間勤めさせていただいた会社は、どの会社も恵まれた環境で辞めたいと思ったことは一度もありません。ただ大きな目標があったので、それを達成するためにやむなく「卒業」を重ねてきました。お蔭様でフリーの仕事も順調にいただけているので、今はとても満足しています。通訳になってから辛いと思ったことはありません。なるまでが大変だったので、毎日仕事が出来ることを幸せに感じています。こんなに充実した毎日が待っているということをもっと前に知っていたら、当時の辛さも半減していたのに…と思うくらいです。

Q7:通訳の仕事の醍醐味は何でしょうか?

 自分が通訳者でなければ行けないようなところに行けたり、会えないような人に出会えたり、またお客様だけでなく通訳仲間との出会いもこの仕事の醍醐味です。通訳者はみな好奇心に溢れ生き生きされていて、素敵な方ばかりです。ある通訳の友人から「100点を取るためには、120%頑張る。120点を目指して初めて100点が取れる」ということを学びました。それが仕事だろうが、勉強だろうが、プライベートだろうが、いつも120%の姿勢で臨む友人の姿勢を見て、私も大きな影響を受けました。仕事に関しては、今日の通訳が私で良かったと言っていただけた時に大きなやりがいを感じます。

Q8:フリーランスになって生活に変化はありましたか?

 フリーになっても1日のリズムは変わりません。しいて言えば、家族が寝静まった深夜に参考資料に目を通したり下調べをしたりする頻度は増えました。フリーになるにあたって楽しみにしていたことのひとつに自分の勉強時間が確保できる、ということがあったのですが、時間の許す限り、会員制ライブラリーで勉強や事前準備などを行っています。自宅より集中して勉強が出来るので、午後から仕事の場合も朝9時にライブラリーに来て、ここから仕事に出かけます。

Q9:今通訳学校の講師をされていますが、これから通訳者を目指す人に一言お願いします。

 プロの通訳者になりたいという思いがはっきりしているのであれば、迷いを持たず、自分を信じて頑張り抜いていただきたいです。うまく言えないのですが、私は先に光の見えないトンネルの中でひたすら這いずり回っていた気がするのです。でも気づいたらトンネルから抜け出していて、そしてそこに光はあったのです。なので、今通訳者を目指している方々には光を信じて頑張っていただきたいと思います。私はいわゆる帰国子女でもなく、特別な才能があった訳でもなく、それでも通訳者としてお仕事をいただけるようになりました。そんな私が今後どこまで成長できるかは引き続き実証していくとして、まずは私が5年、10年前に体験したことを今通訳者を目指している方々にお伝えしたいと思い、講師の仕事をお引き受けしています。遠回りをせずにまずはプロの通訳者としてのスタートラインに立っていただけるようサポートさせていただきたいと思っています。実は私自身も気持ちが折れそうになった時、ハイキャリアのこちらのコーナーの記事を読んでモチベーション維持していました。そんなこともあり、私で少しでもお役に立てるのであればと思い、インタビューをお引き受けしました。

Q10:最後にもしも通訳者じゃなかったら、何になっていましたか?

 やっぱり専業主婦ですね。子供も料理も本当に好きなんです。なので、通訳は仕事のひとつとして選んだと言うより、通訳だからこそ仕事をしているのだと思います。家庭にもっともっと時間を費やせる専業主婦になっていたら、それはそれで本当に幸せだっただろうなと思います。プライベートでは、元々海が好きで主人ともヨットを通じて出逢ったのですが、子供達がもう少し大きくなったら何らかの形で週末は海で過ごせるような生活がしたいと思っています。今は平日はほとんど仕事で埋まっており、土曜日も仕事が入っていたり準備に追われていたり、日曜日は学校で教えていますので、なかなか休みを取り慣れていません。それがこれからの課題ですね。

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編集後記

モティベーションが高く、努力を惜しまず、謙虚にそして真摯に仕事と向かい合っている人の話をお伺いするのは、仕事をする上だけでなく、人生を切り開いていくという視点でもたくさんの学びがありました。今の時代はいろんな選択肢があるがゆえに、「これ」と決めたことを簡単に諦めていく人が多いのも事実です。

一旦通訳者になると決心し「諦める選択肢はなかった」という遠山さんの姿勢が、今の成功に繋がっていると思いました。

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記事を書いた人

ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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