INTERPRETATION

Vol.23 「夫婦二人三脚で」

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

【プロフィール】
柴原早苗・智幸さん
Sanae & Tomoyuki Shibahara
柴原智幸さん:上智大学外国語学部英語学科卒業後、英会話講師、進学塾講師、フリーランス通訳者を経て、1996年に英国University of Bath大学院留学。同大学院通訳翻訳コース修士課程修了後、BBC(英国放送協会)日本語部に放送通訳者として入社。2002年帰国、現在は大学、通訳学校、専門学校で講師を務める傍ら、NHK放送通訳者・映像翻訳者として活躍中。

柴原早苗さん:7歳-14歳までオランダ、イギリスに滞在。上智大学文学部社会学科在学中に、オーストリアSalzburg College、米国Columbia Universityに留学(実用英語検定1級最優秀賞として、奨学金留学)。大学卒業後、KLMオランダ航空会社、オックスフォード大学日本事務所を経て、1993年、英国The London School of Economics and Political Science大学院留学。翌年、同大学院修士課程修了後、BBC(英国放送協会)日本語部に放送通訳者として入社。2002年帰国後、放送通訳、会議通訳を主に、フリーランスライター、通訳学校講師、講演者として幅広い分野にて活躍中。

Q. お二人とも、もともと語学はお得意だったのですか?

<早苗さん>
7歳から14歳まで海外にいたので、理解はできていた方だと思います。ただ、覚えたのが早い分忘れるのも早くて、高校生になる頃には授業についていくだけであっぷあっぷしていました。英語自体は好きだったので、勉強は楽しかったです。

<智幸さん>
帰国子女ではないので、26歳で初めて留学するまでは、ひたすら日本で勉強しました。「机に向かう」タイプの勉強は苦手で、海外の歌やTVドラマを利用しました。留学するまでに、英検1級、TOEIC955点を取得したので、留学によって英語力そのものが大幅に伸びたとはいえないかもしれません。

Q. 通訳を目指そうと思ったのは?

<早苗さん>
大学で通訳の授業を取ったのがきっかけです。知らないことを知る楽しみを感じました。「今すぐに通訳になりたい!」とは考えていなかったので、実際に通訳の仕事をするまでに何年かかかりましたが、英語力を落としたくなかったので、通訳学校に通い続けました。

<智幸さん>
高校の英語教員である父親の影響で、私自身も語学を使った仕事に就きたいという思いがありました。大学を2回留年しまして、いろいろ考えたんですが、最終的に通訳しかないだろう、と。当時はまだスキルも不十分だったので、英会話講師をしながら通訳学校に通いました。大学卒業後すぐに初仕事をしたのですが、あまりの厳しさに一時は通訳になるのを諦めたこともあり、平坦な道のりではありませんでした。

Q. 放送通訳を始めたきっかけは?

<智幸さん>
初仕事ですっかり自信を無くしてしまい、塾や英会話講師の仕事に戻ったんですが、通訳の夢は捨てられませんでした。同時に、今まで一度も留学したことがなかったので、海外の大学院にも行ってみたいと思ったんです。ちょうどその頃、大学の恩師がバース大学の通翻訳コースを立ち上げたという話を聞いて、イギリス留学を決心しました。卒業後はBBCの募集広告を見て応募したところ、合格の知らせを頂きました。

<早苗さん>
私も、海外の大学院で勉強したいと思っていました。大学卒業後、航空会社に入ったものの、夢を諦めきれなくて。留学するにはお金を貯めないといけませんが、なるべく「留学」に近い形で仕事に就くことはできないかと考えた結果、オックスフォード大学日本事務所に移りました。その後、夢かなってロンドン大学に留学、社会学を専攻しました。日本帰国後は、たまたま昔教わった先生から通訳の仕事をやらないかと誘われ、フリーで通訳を始めました。そして、ある時にBBCの広告を日本で見つけて応募したんです。

Q. そこで、お二人の出会いがあったんですね!

<智幸さん・早苗さん>
そうなんですよ(笑)

Q. BBCでのお仕事について教えてください。

<早苗さん>
大きく分けると、BBCワールドニュースの同時通訳、映像翻訳、ボイスオーバーの3つです。放送通訳は、時事、スポーツ、経済、科学、医学、その他ニュースで取り上げられたものを同時に通訳していきます。映像翻訳は、自宅にテープを持ち帰ってタイムコードをつけて翻訳し、人物リストを作ります。完成した原稿を、声優のように吹き込むのが、ボイスオーバーです。BBC内には、全部で約15名のフルタイムスタッフがおり、3チームでローテーションを組んでやっていました。

<智幸さん>
今週はニュースの放送通訳、来週はドキュメンタリーの翻訳をするという形で、まんべんなく全てを担当するようになっていました。苦労したのは訳語の統一ですね。日本語として確立されていない言葉が出てきたときは、まずインターネットで検索しますが、信用できる情報なのかということ、新聞各社がそれぞれ別の訳語を出している場合、どれを選択するかという問題があります。そういう場合には、現場チーム内で訳語を統一して、通訳に臨んでいました。必要に応じて、後日、訳語を変更することもあります。

Q. 実際に、放送通訳を経験していかがでしたか。

<早苗さん>
昔から本を朗読することが好きだったので、非常に楽しかったのですが、日々時事問題に関する自分の知識不足を痛感しました。例えば、スペースシャトルのニュースがいきなり入ってきたとして、自分が何も知らないと、わずかな時間で全ての知識を網羅できませんよね。そのあたり、いかに自分の知識が足りないかを思い知らされました。

Q. プロとしてこころがけていることは?

<早苗さん>
相手にメッセージを伝えることが、私にとっては一番の柱です。もちろん全部訳したいとは思いますが、もし完全に内容を分からないまま通訳すると、自分でも自信の持てない訳になってしまうと思うんです。それよりも、聞き取れることをきちんと伝えること。そして相手が何を欲しているか、何を情報として求めているのかを、常に念頭に置きながら訳すように心がけています。

<智幸さん>
全て言われてしまいましたね(笑)あえて付け加えるとしたら、抽象的な言い方ですが、機械に負けない通訳者でありたいと思っています。機械よりも柴原を使おうと言われるような仕事をしたいなと。そのためには、彼女がさっき言ったように、メッセージをしっかり汲み取って、それを別の言葉で効果的に再表現していくということですね。翻訳においてもそうです。もちろんいつも完璧にできるかは別問題なんですが、そうありたいと思っています。理想ですが(笑)
「仕事ノート」

Q. 現在のスケジュールは?

<智幸さん>
週6日教えています。月・火・水・金曜の午後は専門学校で、火曜の夜は特許庁の職員向け英語研修、水曜夜は青山学院大学の夜間部でリスニングと通訳講座、木曜日は通訳学校で昼夜教えています。土曜日も隔週で1-3コマ通訳学校で教えており、空いた時間には、NHK放送通訳の仕事が入っています。実質的に休日は日曜日だけですね。

<早苗さん>
秋はお仕事のご依頼をたくさん頂いているんですが、普段は週1回CNNでの放送通訳が入っていて、その他は単発で会議通訳や映像翻訳の仕事が入っています。同じく、休日は日曜日ぐらいです。映像翻訳は自宅でできますが、午後4時から食事の準備、子供のお迎え、家事に追われています。夜は子供たちと一緒に9時には寝てしまうので、仕事の準備は毎朝4時に起きてとりかかることになります。

Q. 智幸さんが、教えていて感じることは?

<智幸さん>
語学学習においては、どうやるかよりも、どれだけやるかが大切だと思います。HOWではなくて、HOW MUCHなんです。よく、「先生、英文法が弱いんですけど、どの参考書がいいですか?」、「リスニングを伸ばしたいんですけど、どうしたらいいでしょうか?」と聞かれることがあります。もちろんアドバイスはしますが、しばらくして同じ人からまた同じようなことを聞かれることがあるんです。「このあいだの参考書はやってみました?」と聞くと、大抵の場合はやっていないんですよね。ノウハウばかり集めていても意味がないんです。理想的なノウハウを手に入れたところで、努力をしなければ進歩はありません。

Q. BBCでの、お互いの印象はどうでしたか?

<智幸さん>
初めて会ったのは、BBC内のエレベーターホールだったんですが、新しい通訳の人かな? ぐらいの印象でした。通訳を聞いたときに、非常に安定感のある訳出をする人だなと思って、どういうバックグラウンドなんだろうと気にはなっていました。

<早苗さん>
上手な人がいるなと思っていました。特に電波に乗せる声がものすごく聞きやすいんです。訳も安定していました。聞いたものを100%訳すのではなく、取捨選択しながら、分かりやすく訳している人だなという印象でしたね。入社して2年目で結婚したんですが、急展開でした(笑)周りのスタッフも、なんだなんだ? という感じで……。

Q. ご夫婦で通訳をしていらっしゃるのも珍しいのでは?

<智幸さん>
家に帰っても仕事の話ばっかりです。「あのニュースだけど」と(笑)慣れるまでは、正直言ってやりづらい部分もありました。最初は、ちょっとライバル意識のようなものがあったり、お互いの訳が気になったりすることもありました。でも、それぞれ持ち味や、力を入れている分野が違うので、お互いそこに集中すればいいと。今では分からないことがあると助け合えるので、すごくいい味方ができたと思っています。

<早苗さん>
私にとっては、最大の理解者です。同じ仕事をしているだけあって、すごく理解してくれるんです。子育てと家事も手伝ってくれるので、本当に心強いです。

Q. お二人の休日の過ごし方は?

<智幸さん>
子育てです(笑)普段は、私が朝子供を保育園に連れていって、彼女がピックアップしています。夜は私が学校で教えているため、彼女には負担をかけているなぁと思っています。その分休日は、食事の準備をしたり、子供と遊んだり、家事を手伝います。もともとご飯を作るのは嫌いではないんですよ。とにかく、平日夜は彼女頼みなので、なるべく休日には休んでもらうようにしています。

<早苗さん>
子供が2人ともまだ小さく、私に甘えているため、父親は悲哀を感じています(笑)「お風呂一緒に入ろう」と主人が言っても、「お母さんと!」と言われています。

<智幸さん>
たまには、妻に1人でゆっくり入らせてあげようと思うんですけど、「おいで」と言っても「お母さんと入る」と嫌がられてしまうんです。仕方がないから、下の娘だけ一緒に入ります。1才半でまだ文句は言わないので……。

Q. ご趣味は?

<早苗さん>
昔はピアノを弾いたり、スポーツクラブに行ったりという生活だったんですが、今は忙しくて、なかなか難しいです。片付けるのが好きで、時間があったら掃除をしています。趣味というのも変ですが(笑)「時間管理法」や「片付け術」といった類の本は、片っ端から読むタイプです。この分野の翻訳本をいつか出したいと思うくらい、好きです!

<智幸さん>
「部屋を散らかす」というのは、趣味に入るんでしょうか(笑)? 資料をテーブルや出窓に積み上げては、「地層ができた!」と怒られています。

<早苗さん>
BBC時代、彼の机の上はものすごくきれいだったんですね。帰るときも、いつもきちんとして帰るので、あぁこの人って几帳面なんだなぁと思ってたんです。でも結婚してみたら、この落差はなんなんでしょう!

<智幸さん>
いや、人間オンとオフの切り替えも大事ですからね(笑)職場では、かなり努力して片付けていました。家に帰ったらのんびりしようと思ってたんですけど、いやぁ許してもらえません。気が付くと、資料が勝手に段ボールに入れられているんですよ。それをもう一回ひっぱりだして、こっちはこうで、と一人でやっています。本が好きなので、月に数万円単位で買うんですが、本の置き場をどうするのかについてのせめぎあいもあるんです。彼女は読んだら寄付することもあるんですが、私の場合は、また読むかもしれないと思い取っておくタイプ。正反対の夫婦なんです。

Q. プライベートのときにも通訳の話は?

<智幸さん>
ついつい仕事モードになってしまうときがあります。家でもCNNが流れていると、純粋に情報収集を目的に聞いているつもりでも、難しそうな内容になると日本語に切り替えて、この訳うまいねと話したり。

<早苗さん>
結構仕事の話で盛り上がることがあります。あのニュースだけど、と朝ごはんの時に話していると、子供が隣で、「ねぇねぇ!」と言ってくるんですよ。「ちょっと待ってね。今、お父さんとお母さん、仕事の大事な話してるの」と答えているのですが(笑)子供たちも、私たちの仕事をうすうす分かっているのか、保育園では先生に、「将来は通訳者になりたい」と話していたようです。おままごとをしながら、「今日はこれから通訳のお仕事に行くの!」と言うこともあります。
「七つ道具」

Q. お子さんもバイリンガル教育を?

<智幸さん>
今は全く行っていません。英語を学ぶのもいいけれど、それ以上に美しい日本語を使えるようになってほしいと思っています。もちろん、子供たちが自分から「英語を学びたい」と言ってきたら、全力でサポートします。学校で教えていると、日本語に無神経な生徒さんが意外に多いことに気付きました。まずは、母国語がお金を取って聞かせられるレベルかどうか考えて頂きたいんです。それから、第二外国語は母国語以上にはうまくなりません。日本語がいい加減な人は、英語もいい加減であることが多いですね。

Q. もし通訳者になっていなかったら?

<早苗さん>
書くことが好きなので、もしかしたらジャーナリズム関係の仕事をしていたかもしれませんね。BBC時代はいろんなところに投稿して、レポートを書いていたことがあり、今もインターネットのエンターテイメント・ニュースを担当しています。

<智幸さん>
何らかの形で、人をサポートするような仕事をしていたと思います。一番可能性が高いのは、教師でしょうね。言葉に関わることと考えると、英語を教えていたんじゃないでしょうか。

Q. 人生の成功する秘訣は??

<早苗さん>
成功したとは思っていませんが、常に好奇心と向上心を持っていることは大事ですね。それから、知らないことを知らないといえることでしょうか。昔教わっていた先生に影響を受けたのですが、非常に謙虚な方で、若輩者だった私の意見にいつも耳を傾けてくれたんです。知らないことについては、「私は知らないけど、そうなのか」とおっしゃっていました。自分が成長するためには、何歳になっても謙虚でいなければと思いますね。

<智幸さん>
また全部言われてしまいましたね(笑)好奇心は確かに大事だと思います。若い人たちを見ていると、知らないことに対して「なんだろう?」と思うこと自体が少ないように思います。自分以外のことはどうでもいいと考える人が増えているのではないかとも感じますが、そういう精神状態だと、成功って難しいんじゃないかと思うんです。損得だけ考えていたら、持っているものを守るだけで終わってしまいます。成功するためには、もっと外に出て、他人と関わっていかないといけないのではないでしょうか。自分以外のことにどれだけ情熱を注げるかだと思うんです。他人のために役に立とうと思っているうちに、いつのまにかそれが自分に戻ってくるんじゃないでしょうか。成功している人たちは、そういう生き方をしている事が多いように思います。

<編集後記>
初めての、ご夫婦インタビューです。お二人ともとっても素敵で、お似合いのご夫婦でした!「語学はHowではなく、How muchなんです」という話には納得。

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記事を書いた人

ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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