Vol.22 「1つ1つの仕事を大切に」
【プロフィール】
道木のぶよさん Nobuyo Michiki
神戸女学院大学文学部英文学部卒業後、米国に8年間滞在。ワシントン州ワシントン大学大学院言語学部修士課程修了。帰国後、CNNニュースに映像翻訳者として勤務、半年後に放送通訳者としての活動を始め、NHK衛星放送、CBSニュースの同時通訳を担当。現在は、放送通訳者として活躍する傍ら、国際会議通訳者としても多忙な日々を送っている
Q. もともと通訳者を目指していらっしゃったんですか?
アメリカから戻って来たものの、企業に勤めた経験はないし、特殊技能があるわけでもなく、私にできることって何だろうと悩んでいたんです。通訳者を目指していたわけではありませんでしたが、言語学を勉強していたこともあり、「言葉」に関わる仕事がしたいと思って通訳学校に通い始めました。
Q. 当時の英語力は?
込み入った話でなければ理解できると思っていましたが、通訳を始めて、いかに自分の理解力が至らなかったかを痛感しました。アメリカにいた頃は仕事をしていたわけでもないので、聞き取れる言葉だけ拾って理解した気になっていたんです。
Q. 初めてのお仕事は?
通訳学校に通い始めて半年経った頃、CNNニュース翻訳の仕事を始めました。CNNが日本に入ってきて間もない頃で、まだ日本に発信されていないアメリカの社会情勢や複雑な表現がたくさん出てきました。毎回ディレクターと相談して用語を統一し、読みやすい日本語に訳すのは面白かったですね。ここではとにかくいろんなことを勉強させて頂きました。
Q. その後、通訳のお仕事を?
当時は通訳のご依頼を頂いても、翻訳の仕事が入っているためにお断りしなければならず、本当は通訳がやりたいのになとジレンマがあったんです。翻訳を始めて半年ぐらい経った頃、CNNが同時通訳番組を放送することになって、お声をかけて頂いたんですよ。同じ頃、NHKも衛星放送を始めると聞いて、放送通訳者の試験を受けにいきました。CBSニュースからも声をかけて頂き、並行して会議通訳の依頼を頂くようになりました。今も続けていますので、もう20年ぐらいになるでしょうか。
Q. 放送通訳の魅力は?
ニュースが好きであれば、非常に楽しい仕事だと思います。ある程度やっていると、流れもつかめますが、日本語として確立されていないような言葉が出てくる時は大変ですね。例えば古い話ですが、ロナルド・レーガン大統領の時代、最初は「リーガン」と訳していたのですが、ご本人が「レーガン」と呼んで下さいとおっしゃったので、それ以降「レーガン」という呼び方が日本でも確立されたんです。サルマン・ラシュディ著の『悪魔の詩』という小説が出たときに、タイトルをどう訳すか迷いました。「詩」という字で「うた」にしようと決めて、CNNが最初に出したんです。その後、新聞などでも全て「詩」に統一されました。共同通信よりCNNの方が早い時があったので、ニュースが流れると「あ! あれは私が訳したんだわ」とちょっと嬉しかったり(笑)。今はいろんなメディアがあるので、状況も変わりましたが、当時はそういうドキドキや楽しさもありました。最近は戦争の話題が多いので、たまに違うニュースが流れるとほっとします。湾岸戦争のときは、まさか自分が戦争の通訳をするなんて考えてもいなかったのですが、伝えないと! という気持ちでやっていました。今の若い放送通訳の方も、同じような気持ちで、イラクやアフガニスタンの情勢を伝えていらっしゃるんだろうなと思います。
Q. 会議通訳との違いは?
目の前にオーディエンスがいるのと、そうでないのは大きな違いですね。放送の場合は、マイクを相手に通訳するので、その場では聞き手の存在をあまり意識しません。「今朝、道木さんの声で目が覚めました」と声をかけられると、聞いている人がいると分かっていても、びっくりしてしまいます(笑)。逆に国際会議のような大きな会議では、聞き手を非常に意識します。ブースから覗いて、レシーバーを着けている人の数を数えてみることもあります。ライブならではの楽しさがありますし、特にディスカッションの場合は、場の雰囲気が高揚していくのが分かります。緊張という意味でも、また違いますね。放送の場合は、言ってはいけない言葉、決まった表現などいろんな決まりごとがあります。会議も緊張しますが、通訳時間が長い分、休憩時間もあるのでまた違いますね。
Q. 普段から心がけていることはありますか?
一つ一つの仕事を大切に、仕事に貴賎なし、です。「これはつまらない仕事だ」、「あの人の方が面白い仕事をしている」などと考えず、常に自分が担当させて頂く仕事に全神経を傾けるようにしています。
お客様に依存しないことも大事です。ブースの置かれる場所は、予めセッティングされていることが多く、いろんな理由から、オーディエンスに背を向けて通訳せざるをえないときもあります。私はできるだけオーディエンスの顔を見て通訳したいと思うので、可能であれば少しでも場所を移動させてもらうようにしています。例え予め原稿が用意されていたとしても、「コミュニケーション」には変わりないので、背中を向けて通訳したくはないんです。オーディエンスの前でなくても、横でもいいんです。コミュニケーションをとってこそ通訳、スピーカーが「話している」んですから、通訳も「話さないといけない」と思います。たまたまスピーカーは英語で話しているので、私が通訳で入っているけれども、もし彼が日本語で話したら、こういう表現をするだろうということも考えて通訳するよう心がけています。
Q. 現在のスケジュールは?
季節によってかなり違いますが、放送通訳の量は全体の約1/3です。今年はオリンピックイヤーのため、ニュースも少なかったので比較的夏は緩やかでしたね。秋はもう休む暇もありませんが。土日に仕事を入れる場合は、必ず平日にお休みを取るよう調整します。仕事を頂いたら、すぐに手帳に書き込んでいるんですよ。エージェントやテレビ局の連絡先なども全てここに書いていますので、手帳を無くしたら大変ですね!
「仕事のスケジュールはすべてここに!」
Q. 休日はどのようにお過ごしですか?
ネコを4匹飼っているので、世話をするだけですぐに時間が経ってしまいます。気功を始めたので、時間を見つけて教室に通っています。仕事上無理な姿勢でずっと座っていると体が固くなってくるんですよ。緊張もしますし。そうなるとアウトプットも悪くなるし、もう少しリラックスしたいなと思って通い始めたんです。毎日違うお客様のところに行くだけでも緊張しますが、分野や内容も違うので、知らない間にストレスがたまっていることも多いんです。
趣味というわけではありませんが、古典芸能が好きでよく観にいきます。特に文楽、歌舞伎や狂言が好きですね。
Q. 今後も通訳者を?
通訳以外にできることがありません(笑)。もし通訳者になっていなかったらと考えても、想像がつきません。会社には向いていませんし、やっぱり通訳みたいなフリーランスの仕事が好きなんだと思います。
<編集後記>
道木さんの温かいお人柄に触れて、何だかじーんとしてしまいました。一つ一つの仕事を大切にする、仕事に貴賎なし、お客様の顔を見て話す他、どんな仕事でもまず最初に人間ありきなのだと再認識。
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