INTERPRETATION

Vol.71 走りながら考える

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

※今回はコロナウィルス感染拡大の影響を考慮し、ZOOMにてインタビューを実施しました。

【プロフィール】
巽 美穂 Miho Tatsumi
大阪出身。幼少時はシカゴ在住。製薬会社・IT企業・広告代理店・戦略コンサルファームにて社内通訳者として勤務された後、フリーランス通訳者としてご活躍中。現在受注する案件の90%が遠隔通訳とのことで、テンナインとしても力を入れている部分でもあるため、今回は社長 工藤との対談という形でハイキャリアインタビューが実現しました。

■巽さんはご自身のブログでも遠隔通訳について取り上げていらっしゃいます。
https://note.com/miho_tatsumi/n/nd1823bd55022

工藤:いつも大変お世話になっております。本日はハイキャリアの通訳者インタビューをお引き受けいただきどうもありがとうございます。

巽:こちらこそお世話になっております。実はハイキャリアのサイトは10年ぐらい前から拝見しておりましたので、とても光栄に思っております。

工藤:先日巽さんの「走りながら考える日本版RSI」というブログを読ませていただき、とても共感しました。ウィズコロナの世界は、これから先の未来がどうなるかわからない。だからこそ立ち止まらず走りながら考える、ということがとても重要ですよね。巽さんには弊社でも大変活躍していただいておりますが、英語との出会いから教えていただけますか?

巽:父の仕事の関係で幼少期をシカゴで過ごし、英語自体はなじみ深い環境で育ちました。その後高校生の時にアメリカの寄宿学校に留学、ハワイ大学に短期留学、そして日本に戻ってからは英会話学校の講師や、出版社での翻訳チェッカーの仕事をしていました。マレーシアのクアラルンプールで3年ほど英語講師の仕事もしました。子供が生まれてから、自分がマネタイズできるコンテンツは英語しかないと考え、授乳中に通訳学校に通いました。

工藤:育児と学校の両立は大変だったのではないでしょうか?

巽:はい、当時インタースクール大阪校に通っていたのですが、在宅の仕事もしていましたので。会議通訳Ⅳクラスを終えた後は、広告代理店と製薬会社でのインハウス通訳や、フリーランス案件を経験しました。より多くの仕事を求めて東京に来たのが2016年なんですが、御社のご紹介で IT 企業と戦略コンサルでインハウスをして、その後はフリーランスでやっています。

工藤:広告代理店や製薬会社で通訳をされている時に、通訳以外のいろんな提案をされたと聞きました。

巽:そうなんです。広告代理店では「何で商いをするかは自分で考えいい」という自由な文化がありました。通訳者としてのルーティーンワーク以外に、交通広告の企画書を書いたりしていました。製薬会社では当時、通訳者のスケジュールが属人的に管理されていて仕事を頼みづらい、という不満がたまっていたんです。そこでスケジュールをすべて可視化しました。Outlook に自分のスケジュールをリアルタイムで全部入力し、その日の忙しさ度を赤黄緑3色で色分けしました。例えば緑は「何でも頼んでください。通訳だけでなく翻訳も引き受けます」、黄色は「応相談」、赤は「朝から夕方までびっしり予定が入っていて、追加の業務対応は難しい」という具合です。また資料はあるのか?参加人数は?パナガイドの有無は?など、コーディネーターさんが確認するような内容を、一覧にして自動送信メールフォームにして埋め込みました。Outlook に入るだけで通訳を予約できる仕組みを作ったんです。それで、通訳者としては初の生産本部長カイゼン賞をもらいました。

工藤:巽さんは受け身ではなく、自分から提案して改善していく働き方をされているんですね。今の時代に一番求められている働き方だと思います。

巽:おそらく通訳者として通訳のスキルというよりは、事務処理能力とコミュニケーション能力で評価してもらっているのだと思います(笑)

工藤:それはご謙遜だと思いますが、突然テレワークやオンライン会議が始まって、あっという間に浸透しました。通訳も大きくリモートにシフトしたと思いますが、巽さんはいかがでしょうか。

巽:今年の2月までは普通でしたね。3月の一斉休校の要請があった週から、仕事はほぼ全てキャンセルになりました。緊急事態宣言が発令された4月はほとんど仕事が入らず、先が見えない状態でした。しかし私は昔から新しいことに挑戦するのが好きで、2018年頃からリモート通訳を実験していました。

工藤:それはすごいですね。どういうことをやっていたのでしょうか?

巽:自分のプロフィールをLinkedIn というソーシャルメディアに公開しているのですが、アメリカのエージェントから RSI をやらないかという連絡がありました。トライアルを受け、指定のマイクを購入してPC等機材の仕様要件をクリアし、登録しました。2019年からRSI(Remote Simultaneous Interpretation)のプラットフォームを使った通訳を行っていました。プラットフォームの通訳者の交代は、hand over now とかhand over 15 minutes laterのボタンが画面上に出て、それで交代ができるんです。アメリカ人の通訳パートナーから、「いつもPCの時計を見て、0分15分30分45分でhand over nowを押して交代してます」と言われたことを思い出し、ZOOMでも日本版RSIが出来るのではないかと思いました。4月に突然リモート勤務になってしまったお客様が社内定例会議が開催できず困っていると聞き、担当コーディネーターさんにリモート通訳の提案をしました。

工藤:ZOOM同時通訳機能を使った通訳ですね。

巽:まだ 「ZOOMには同時通訳機能があるらしい」という手探りの時期でした。最初はお客様にもご協力いただいて、時計に合わせた15分ごとの交代方法で同時通訳を試験的に行いました。その後Teamsでも挑戦して、少しずつリモート通訳のご依頼をいただくようになりましたね。

工藤:ZOOMの同時通訳機能はパートナーの声が聞こえないので、交代が難しいですよね。

巽:そうなんです。最初は通訳者も参加者としてもう1アカウント、別のデバイスからZOOMに入ってパートナー音声をモニターしていました。しかし日英の切り替えが頻繁にある場合は、モニター側も言語を切り換えなければならず、通訳者の作業が煩雑になります。そのためTeamsもご利用可能なお客様でしたら、別途Teamsを1回線つないでもらえば、Teamsには日本語も英語も通訳者の音声しか入らないので、モニター用回線として活用できます。

工藤: TeamsとZOOMの両方を使っているということですね。通訳者の方はITが苦手だとおっしゃる方が多かったのですが、そこは皆さんすぐに意識が変わりましたね。弊社でも通訳ご依頼の90%はリモート通訳になっています。

巽:苦手意識は克服しないと、お仕事に直結しますからね。

工藤:テンナインでは緊急事態宣言の時に、通訳者の方を対象にリモート通訳(ZOOM同時通訳機能)について合計7回勉強会をしました。沢山の通訳者の方に参加していただき、実際にデモンストレーションで通訳交代なども体験していただいてすごく好評でした。ところでデバイスやWi-Fi環境はご自宅ではどのように整えていらっしゃいますか?

巽:まず私は通信状態をより確実にするため、Wi-Fiではなく必ずLAN ケーブルの有線接続でリモート通訳を行います。RSIの時は、会議の映像や音声を取って訳出をするのもパソコン1台で完結するので、有線接続1回線で対応していました。しかしTeams2回線やZOOMプラスTeams、ZOOM2回線、最近ではWebEx3回線という形にも対応しますので、追加でLAN ケーブルと、有線接続のための分岐できるアダプターを揃えました。あとはヘッドセットです。今私が使っているのはゼンハイザーの「PC5 CHAT」なんですが、他にもロジクールとか、ゲーム用のヘッドセットが割と高性能なのでいくつか揃えています。

工藤:弊社では通訳者が自宅の環境で不安がある場合は、オフィスにいらしていただいてリモート会議に参加してもらっています。コーディネーターが対応するので安心していただけます。今度オフィスのエントランスにブースを設置して、通訳者の方々に無料で提供しようと思っています。

巽:それはありがたいですね。

工藤:弊社ではパナガイドのレシーバーを1000台保有しており、ビフォアコロナではかなりのレンタルのお問合せをいただいていたのですが、今はほとんど稼働しなくなりました。これも大きな変化です。

巽:それぞれのデバイスで入るから、確かにパナガイドは必要なくなりますね。

工藤:そこでパナガイドは同時通訳だけに使うのではなく、密を避けて会議が出来るというような売り出し方を思いつきました。

巽:まさにピンチはチャンスですね。前向きに挑戦することが何より大切ですよね。

工藤:私もそう思います。今何をやって何をやらないかだけが、未来を作っていくと信じています。ところでリモート通訳の中で巽さんが気にされていることは何かありますか?

巽:実は日本会議通訳者協会から「新たな通訳環境に向けた通訳者からのご提案」というのを発表しているんです。私はリモート通訳の経験が多いので、「リモート通訳に関するお願い」の作成に参加させていただきました。例えば「有線接続をお願いします」や「内蔵マイクではなくヘッドセットを使用してください」、「自分が発言しない時はミュートにしてください」など、リモート通訳者からすると当たり前の基本的な内容をまとめました。ただその当たり前のことですら浸透していないのが現状です。今は誰もが試行錯誤中ですので、今後通訳を利用されるより多くの方に知っていただけければと思っています。
■日本会議通訳者協会「新たな通訳環境に向けた通訳者からのご提案

工藤:リモート通訳のメリット・デメリットを教えていただけますか?

巽:個人的には移動時間が短縮されたことが一番のメリットです。毎日往復2、3時間を移動に費やしていたことを考えると、ストレスはかなり減りました。また現場ではスピーカーが遠くて声が聞こえづらい「生耳パナガイド」案件もありましたが、ZOOMでは一人ずつ発言を聞き取れるので、その点も大きなメリットです。

デメリットとしてまず通訳者としては、アコースティックショックの懸念があるかと思います。スピーカーがヘッドセットを使用されていない場合は聞き取りにくく、ボリュームを上げて対応しますが、次の方が大きな声で話されると耳に負担がかかります。2点目は、通訳者同士でメモ出しなどのサポートができなくなった点です。通訳パフォーマンスもIT周りも、自己解決しなければいけないのが大変ですね。3点目は、参加者も通訳者もどうしてもエンゲージメントが低くなることですね。工藤さんはZOOMでスタッフと打ち合わせされている時も対面と同じ一体感と言うか、チーム感って感じられます?

工藤:いえ、どこかしら距離を感じます。対面で話をする時の方が、よりエンゲージメントを感じますね。

巽:コミュニケーションの質が変わり、通訳者として以前よりも機械のように扱われているな、と感じる場面もありますね。例えば現場に出ていた時は、通訳業務以外にも何か役に立てることはないかと自然に考えていました。お客様が集合写真を撮る雰囲気になったら、やりますよと一番に声を上げるとか、とても些細なことなんですが、コミュニケーションの面でも大切なことでした。ビデオ会議では顔出しされない方もいるので、空気を読むのも難しいですよね。私はログイン・ログアウトの際は必ず顔を出してご挨拶しています。

工藤:将来的にリモート対オンサイトの割合ってどれぐらいになると予想されていますか?

巽:以前のように通訳者は必ず現場に行くというカタチには戻らない気がします。私の理想としては5割リモート5割現場がいいですね。今は9割リモートなので、誰とも話さないまま一日2件の通訳業務をやったりすると頭がおかしくなります(笑)

工藤:最後にこの時代に通訳者・翻訳者を目指そうと考えてらっしゃる方達に、是非メッセージをいただけますでしょうか。

巽:今、私たちを取り巻く生活やビジネス環境は前例がないほど変化しています。ただ変化を恐れるのではなく、どうすれば自分の能力を使って人の役に立てるのか、という視点を持つことが大切かと思います。自ら動ける人だったらどんな変化も怖くないでしょう。今やっていることが正しいかどうか、答えがわかるのは5年後、10年後です。私は一通訳者としてだけでなく、どうやったら人の役に立てるかということを常に意識しています。リモート通訳に関してのガイドライン作りも、遠隔経験を活かして業界に資する活動をしたいと思い参加しました。御社が開催されたようなリモート通訳勉強会なども、今後も継続的にやっていければと考えています。

工藤:まさに通訳業界全体をよくするための啓蒙活動ですね。

巽:あとは通訳者とコーディネーターのZOOM飲み会もしておりまして。メールでフォーマルなやり取りをするだけになりがちなので、時間に余裕がある時期に少しでも関係を深められれば、協力してよりよい仕事ができるのではないかと思ったからです。

工藤:ぜひ今度私たちともZOOM飲み会やりましょう。今日はすごくたくさん勉強させていただきました。ありがとうございました。


遠隔通訳時のデバイス類
左■MacBookPro16″をアダプタで有線接続しロジクールのノイズキャンセリングヘッドセットを使用
中■MacBook12″を有線接続しiPhone純正イヤホンマイクを使用
右■資料参照や通訳者連絡用のiPadPro12.9″&Apple Pencil
右上■TaoTronicsのスタンド
【使用グッズ】
■ライト:卓上ライトとしてTaoTronicsのスタンドを使用(アームの角度や光の色味が調節可能&メモリ機能あり)
■PCクーラー:猛暑のリモート終日案件ではノートPCが熱くなるためPCクーラーを使用

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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