Vol.58 「心が温まる通訳」
【プロフィール】
嵯峨山みな子 Minako Sagayama
韓国・梨花女子大学校通訳翻訳大学院卒業
高校生の時にニュース番組で聞いたノ・テウ大統領のスピーチがきっかけで韓国語に興味を持ち、一度は日本の企業に就職するも、退職して韓国へ留学。帰国後、通訳学校へ通いプロの通訳者を目指す。
現在では会議通訳はもちろん、タレントの通訳等芸能業界にてもご活躍中。
また、通訳だけでなく翻訳者として書籍等の翻訳もされている。
本日は韓国語通訳者として弊社でもご活躍いたただいている嵯峨山みな子さんにお話しをお伺いします。私自身韓国が大好きなので、今日お会いできるのを楽しみにしていました。よろしくお願いします。
Q1、最初に韓国語との出会いを教えてください。
高校生の時にNHKのニュース番組でノ・テウ(盧泰愚)大統領のスピーチを偶然聞いたのがきっかけです。義務教育で英語は学んでいましたが、英語とは全く違う韓国語の響きに関心を持ちました。それが私と韓国語との出会いです。本格的に韓国語の勉強を始めたのは、社会人になってからです。当時は韓国語の通訳者を目指すつもりは全くなく、NHKのラジオハングル講座とテレビハングル講座で勉強を始めました。
Q2、その後韓国に留学されていますよね?
はい、最初はラジオ講座のテキストを丸暗記しながら独学で勉強をしていましたが、もっと本格的に勉強がしたいという気持ちが強くなり、一旦会社を退職してソウルの延世大学韓国語学堂に留学しました。そこではまじめに宿題に取り組んでいました。また日本人には難しい韓国語の発音を克服するために、テレビでドラマやバラエティを見て、若い女性の話し方や口元の動きをずっと見ながら研究しました。のちに『チャングムの誓い』で有名になったイ・ヨンエさんのドラマも当時よく観ました。
Q3、プロの通訳者を目指そうと思ったのはいつ頃からでしょうか?
延世大学韓国語学堂を卒業して日本に戻り、しばらくして通訳学校に通い出した頃です。留学して自分なりに韓国語は話せるようになったつもりでしたが、最初の授業では社説も満足に読みこなせませんでした。今考えると圧倒的に語彙力が足りなかったんですね。自分の力不足を痛感して、とにかく語彙力を付けたり、授業の教材を聞いて自分でおこしたりして勉強しました。
Q4、その後順調に通訳者になられたのでしょうか?
いいえ、何度か挫折しそうになったことがあります。でも私は通訳学校で素晴らしい先生との出会いがあり、本当に救われました。通訳学校には2年半通いましたが、途中で「自分は本当に通訳者になれるのだろうか?」とか「もしかしたら自分は通訳者には向いてないかもしれない?」と思い悩んだ時期があります。当時派遣社員として銀行で仕事をしていましたが、保証されている訳でもないので、不安と焦り、そして閉塞感を感じていました。実は一度「通訳者にはなれないと思うので、もう辞めます」と先生に告げたことがあります。その時先生は「あなたの集中力にはとても期待していたのよ。あきらめないで頑張って」と声を掛けていただきました。その言葉がいつまでも耳に残っていました。そして挫折しそうになった時、いつも先生のその言葉を思い返して勇気をもらっていました。あの言葉がなかったら、私は途中で挫折していたかも知れません。その後、梨花女子大学校通訳翻訳大学院韓日通訳学科修士課程を受験しました。倍率が非常に高かったらしいのですが、ラッキーにも一回で合格することが出来ました。その時も先生から国際電話で、お祝いの言葉をいただきました。そして「でもここで満足するようではだめよ。同期の間でも頭角を現すぐらいがんばりなさい」と声をかけていただきました。そして大学院を卒業後、帰国して何年か経ったとき、先生とある仕事で組ませていただく機会があり、そのとき先生は心から喜んでくださいました。私の人生を振り返ってみると、行き詰まり感が来た時に転機が訪れています。そして本当に諦めなくてよかったと思っています。また大学院の同期は8名と人数が少ないのですが、今でも連絡を取り合ってお互いに助け合ういい関係が築けています。
Q5、韓国語を話していると、日本人だと気付かれないこともありますか?
「韓国人かと思いました」と言ってくれる韓国の方もいますが、自分ではそうだとは思いません。どんなにネイティブに近付けたつもりでも、やはり日本語らしい韓国語表現になっている部分があると思います。例えばひとつの例ですが、韓流スターはファンに向かって「愛してください(サランヘヨ)」と言いますが、日本では「応援してください」ですよね。韓国語のほうが日本語より表現がストレートなんです。そして日本語の表現は受動態が多いですが、韓国語は能動態が多い。いい例があまり思い浮かばないのですが、日本語では「最近太ったとよく言われます」という表現が韓国語だと「最近太ったという話をよく聞きます」となります。また日本語では「露骨にいやな顔をする」と言いますが、韓国語では「露骨的にいやな顔をする」と言います。翻訳の仕事もよくお引き受けしますが、こういう小さなところが違うと思います。こだわるときりがなく、本当に言葉は奥が深いですね。
翻訳した歌詞の対訳や本
Q6、ビジネス上、日本と韓国の違いはありますか?
やはり韓国人はバイタリティがありますね。日本人は一段一段慎重にリスクを考えながら仕事をするイメージですが、韓国人は「とりあえずやってみよう」という推進力が強いと思います。一概には言えないかもしれませんが、国民性の違いではないでしょうか。それに韓国のソフトパワーは本当にすごいと思いますし、英語教育も日本より進んでいます。韓国は日本以上に学歴社会だということもあるし、非常に勉強熱心で、小さい頃から積極的に英語の勉強を取り入れていますね。
Q7、お仕事上、韓流ブームの影響はありますか?
はい、韓流ブームの後はお仕事の件数も増えていますし、芸能関係のお仕事もよくいただきます。キム・デジュン(金大中)大統領がアニメや歌、映画に力を入れようと国策で取り組んだことが、花開いて今の韓流ブームに繋がっていると思います。まだ通訳者としては駆け出しの頃ですが、パク・ヨンハさんの通訳を担当させていただいたことがありました。雑誌の取材やテレビ番組、イベント等での通訳の際も、経験が少ない状態からやらせていただいたのですが、パク・ヨンハさんには本当によくしていただきました。彼は私の芸能通訳の先生だと思っています。いろんなことを背中で教えてくれた方でした。亡くなられた時は耐えがたいぐらいのショックを感じました。あの日のことは今でも忘れません。そして今でも心から感謝しています。
Q8、他に印象に残った仕事はありますか?
どの仕事も印象に残っているのでひとつだけ選ぶのは難しいのですが、消防関連の通訳で総合防災訓練の視察やプレゼンテーションの通訳を担当したことがあります。ハイパーレスキュー隊の訓練を見学したり、セミナーでは震災が起きた時にどう対応するか?指令系統は?救助犬の育成から自衛隊の活動に至るまで幅広い内容でした。そして最終日仕事が終わって解散した直後に、あの3.11の震災が起こりました。ちょうど通訳を担当した内容がテレビで解説されたりしていたので、今でも印象に残っています。
また仕事では役に立つとは思ってもいなかったことが、通訳の時に役立つことがあります。例えば私はNHKでやっていた『三銃士』という人形劇が好きでビデオに録画して見るぐらいでした。その後数年たって、偶然にも『三銃士』のミュージカルに出演する歌手の通訳をやらせていただく機会があり、そのとき人形劇で見ていた内容が非常に通訳に役立ちました。またレセプションや懇親会の席で日韓の共通の話題として、歴史小説や韓流ドラマの話になることがよくあります。芸能通訳もやらせていただいていますので、邦題と原題が違う場合もすぐに対応できたりすることもあり、そういう風に仕事はどこかで、いつも繋がっているんだと思います。
Q9、通訳者としてやりがいを感じるのはどういう時ですか?
そうですね。通訳を聞いている皆さんが、メモを取ったり、うなずいて聞いてくれたりしている様子をみると、とてもやりがいを感じます。また韓国人はユーモアがある人が多いのですが、ギャクを訳した時に聴衆がドッと笑って、会議の雰囲気が和んだ時はすごく嬉しかったです。少し芸人の人の気持ちがわかりました。(笑)
Q10、将来的にはどんな通訳者を目指していますか?
今よりもっと正確なパフォーマンスが出来る通訳者になりたいと思っています。そしてただ正確なだけでなく、心が温まるような通訳者を目指したいと思っています。心が温まるとは、聞いている人が安心できて、やさしさを感じられるような通訳です。通訳のお仕事も翻訳のお仕事も声をかけていただいて初めて仕事が成立しますので、いつまでも声をかけていただけるような通訳者、翻訳者でありたいと思います。
ファンミーティングや視察での通訳の時は机がないので下敷きを使います。機密保持のためにもメモに裏紙は使いません。また会食時の通訳では小さなメモ帳を使います。iPhoneは仕事先でもハングル文字で検索が出来るので愛用しています。
Q11、最後に何かメッセージをお願いします。
実は今回ハイキャリアのインタビューをお受けしたのには訳があるんです。私はインタビュー等、人前で話をするのはあまり得意ではありませんが、最近小学生に「韓国語の通訳者になるためにはどうしたらいいですか?」という質問のお手紙をもらいました。また韓流スターのファンミーティングの通訳の後、帰り道で「韓国語の通訳者になりたいのですが・・・」と相談を受けることもあります。こちらのサイトは通訳者を目指している方が多く読まれているとお伺いしましたので、私の経験がそんな方のお役に立てるならと思ったんです。やっぱり通訳者になりたいという気持ちを持ち続けることだと思います。よく言われていることかと思いますが、大切なのは諦めないことですね。私は何度も挫折しそうになって、その度にメンターとも言える存在の先生の言葉に助けられました。そして通訳の仕事を7年続けていますが、飽きるということがありません。声がかかる限り通訳をしたいと思っています。
編集後記:
「過去記事を読んで、7つ道具を持ってくればインタビューカットは少ないのではないかと思って・・・」と、たくさん仕事道具を持ってきていただいた嵯峨山さん、とても奥ゆかしい方なのですが、プロの通訳者としての姿勢は本当に素晴らしい方です。心が温まる通訳者を目指しているという言葉がとても印象に残りました。私達も心が温まるようなコーディネーションをして、通訳者・翻訳者の方々とやさしさを届けられるような仕事がしたいと思いました。
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