第20回 「食べ放題」と「英語」
世界中が不景気だと言われて久しい状況が続いています。日本では大震災が発生し、経済面でも大きな打撃が生じています。地震直後は首都圏でも品不足となり、スーパーの店頭からは物資が消えました。ガソリンスタンドも長蛇の列となったのは記憶に新しいところです。
けれどもその一方で、飲食店街を歩けば「食べ放題」という看板を今なお頻繁に見かけます。「焼肉食べ放題」「ケーキ食べ放題」「ごはんおかわり自由」と言ったものから、「焼き鳥番付」なるものも登場しています。これは最も多く食べた人を表彰するというもので、ラーメンや餃子のお店でも見られますよね。
先日も、ある会食で久しぶりに居酒屋へ行きました。私はここ数年、子育てがメインだったこともあり、あまり夜の会食の機会がなかったのです。今回のお店は時間制限内で飲み放題というもの。メニューを見ると実にたくさんのドリンクがありました。
同行者から「飲み放題だからどんどん注文しましょう」と言われたのですが、内心抵抗がありました。なぜなら今、目の前の自分の飲み物を飲み終わってもいないのに、次々に別のドリンクをお願いすることがあまりにももったいなく思えてしまったからです。
もはやこう思うこと自体、自分が古い世代への仲間入りをしているのでしょう。けれども日ごろ放送通訳で世界の惨状を訳したり、今回の大地震の被害状況を目の当たりにしたりしてきた分、やはりどうしても抵抗心を抱いてしまうのです。食べ物が「味わうもの」から「消費するもの」へと変わってきた、そんな時代の流れを感じます。編集者の畑中三応子氏も、以前は「ビュッフェ」や「バイキング」と言われてそれなりの雰囲気で味わっていたものが、「食べ放題」という、いわば理性をかなぐり捨てたようなものになってしまったと述べています。
これは英語も同じです。かつては数少ない教材にじっくりと取り組み、紙の辞書を丹念に引いていました。けれども今は山のようにテキストが店頭に並び、辞書も電子辞書のみならず、ネットやアプリなど数多くが存在します。もはや英語も「味わうもの」から「食べ放題のように消費するもの」へと変わってしまったのです。
英語という言語に魅了される私にとって、これはある意味で寂しいものでもあります。旬の食材をじっくりと味わう代わりに、大量に生産し、消費できるように市場に流しているようなものだからです。
食べかけ・飲みかけの食材をあっさり捨ててしまうような、そんなあり方とは逆の、じっくりと味わうアプローチを英語に対しては続けていきたいと私は思っています。
【今週の一冊】
「紀伊國屋書店scripta」2011年春号 no.19 紀伊國屋書店
本書は年4回発行されている紀伊國屋書店のPR誌。無料である。お金がかからないので広告ばかりなのかと思いきや、実は著名なエッセイストのコラムや連載などもあり、読み応えのある作りとなっている。先ほどご紹介した畑中氏の一文も春号に掲載されている。
私はこうした出版社や書店が出しているPR誌が好きで、書店に立ち寄るたびに一通り頂いている。たいていレジカウンターの近くや、専門のコーナーに並んでいるので、今まで手に取ったことがない方はぜひ一度入手してみてほしい。通常の月刊雑誌ほどの華やかさはないが、日ごろよく目にする文芸家の文章があるので、ファンにとってはうれしいものだと思う。
ちなみに春号では文芸評論家・斎藤美奈子氏がかつてのベストセラー「窓際のトットちゃん」を分析している。また、ドイツ文学者の池内紀氏は「トーマス・マン日記」について寄稿している。夏号が出るまでの間は紀伊國屋書店で入手できるのではと思う。
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