第19回 学びや指導はお金で測れない
社内英語公用語化や小学校での外国語活動など、ここ数年の日本では英語がますます注目されています。それまで自分には縁遠いと思っていた人たちも、いざ職場で英語を求められたり、わが子が学校で英語を学んだりということになれば、必然的に関心を抱くようになるのもうなずけます。
私自身、英語の仕事を通じて自分の「知識吸収チャンネル」が一つ増えたことは本当にありがたいことと思っています。とりわけ大震災を機に「自分でできることは何か」を考え続けた結果、「英語『で』できることを自分なりに続けていこう」と思うようになりました。具体的にはフェイスブックに日本のことを発信したり、英語教育関連の雑誌に意見を寄稿したりという具合です。
ただその一方で、日本が全体的に英語の資格試験一辺倒になりつつあることにも不安を抱いています。確かに自分の英語力を客観的に測定するために試験は有効な手段です。けれども試験そのものに合格したり高得点をたたき出したりすること「だけ」が目的化してしまえば、英語を学ぶことが本末転倒になってしまうと思うのです。実際問題、英語ができる人はできない人よりも年収が格段に高いといった統計すらあります。そうなると、「自分の人生にとって得だから英語を学ぶ」となりかねません。
しかし「学び」というものは損得でもお金でも測れないと私は考えます。なぜなら自分のためにやった勉強というのは自分の知識や知恵になるからです。そうしたものこそ、自分という人間が唯一持つことのできる「無形財産」だと思います。無形財産を培うために損得だけで行動してしまっては、あまりにも視野が狭くなってしまうのではないでしょうか。
これは指導や通訳の分野でも同じことが言えます。授業準備のために教材を何時間も研究したり、専門分野の通訳ができるようたくさんの文献にお金を費やしたりするというのは、指導者や通訳者にとっての業務前提条件です。なのに「私は寝る間を惜しんで予習をした」「何万円も投資した」と言ってしまえば、その時点で物事を損得・金銭的尺度だけでとらえてしまうことになります。
青森県で「森のイスキア」を主宰し、手料理で悩める人を受け入れてきた佐藤初女さんという女性がいます。初女さんは「私にはお金もない。特別な技術もない。でも私にはこころがある」と気付いたことから、この活動を始めました。「こころなら、くめどもくめども尽きることはありません」と述べる初女さんの活動は、その後多くの人々の共感を呼びました。そしていつの間にか資金援助を申し出る人やボランティアを名乗り出る人たちが現れ、今の形になっていったのです。
初女さんは「犠牲の伴わない奉仕は真の奉仕ではない」というシスターの言葉をきっかけに、森のイスキアを始めました。私自身、通訳者として、そして教える者として、奉仕という気持ちを大切にしながら日々の仕事を丁寧に行いたいと思っています。
【今週の一冊】
「教育と医学」2011年4月号 教育と医学の会編、慶應義塾大学出版会
本書は教育を医学と結びつけてとらえた学術論文集であり、慶応大学から発行されている。4月号の特集は「『外国語活動』と早期教育」で、大学関係者の論文が4本おさめられていた。
すでに文科省によって今年度より小学5・6年生の外国語活動(と称する実質的には英語の授業)が導入されている。私個人としては、現場の教員の声を反映させたうえで十分な議論をしてから着手すべきであったと思う。しかし導入自体の是非を論じることはもはやできない。むしろ今後は、外国語活動を通じていかに子どもたちの発達に寄与できるかを考えることが大切だと思う。
論文の中には興味深いものが多く、中でも目を引いたのが「外国語活動によって学級経営がうまくいくようになった」という現場からの報告である。たとえば友達同士で「何が好きですか?」「私はバナナが好きです」などといった会話が日本語で大真面目に交わされることはあまりない。しかし英語でこうした会話をすることでクラス内のコミュニケーションが活性化し、クラスの雰囲気が良くなったという実例もあるのだそうだ。そうした外国語活動のプラス面も忘れてはならない。
本書の創刊は1953年。バックナンバーリストを見ると「絵本の魅力」「小中一貫性の功罪」「今どきの家庭のしつけ」など、教育を医学的見地からとらえたトピックがずらりと並んでいる。大型書店へ出かけると、こうした本格的な雑誌が書棚の中にひっそりと陳列されており、普段手にしないそうした雑誌を読むのも私にとって楽しいひとときである。
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