INTERPRETATION

第15回 日本の復興を信じて

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

2011年3月11日金曜日。この日の前と後で、私たちの暮らす日本は変わってしまいました。

地震が発生した14時46分。私は都内のCNNjスタジオで同時通訳中でした。「あ、また地震だな」と、これまで同様、そのうちすぐ収まると思っていました。しかし今回は状況が異なりました。いつまでたっても揺れは終わらず、机の上にあるPCのフラットスクリーンは今にも倒れそうです。それでもBack Storyという番組を同時通訳しながら、私はスクリーンを押さえ、いつでも机の下に潜り込めるようにと身をかがめていました。

すぐにディレクターさんがブースの重い扉を開けてくれました。ドアがゆがんで開かなくなるのを防ぐためです。その後すぐに「通訳を中断してよい」との指示が出たので、いったんマイクのスイッチを切りましたが、揺れが収まったので、数分後に通訳を再開しました。

それまで30分交替で行っていた放送通訳業務も、万が一に備えてパートナーとの間で15分交替へ。一方、通訳作業準備室に戻ると、本棚のものが床に散乱していました。

そして続々と入る惨状。CNNもずっと生中継で情報を伝え続けます。私は必死に訳し続けました。

気になったのは、子どもたちのことでした。スタジオから自宅までは1時間強。固定電話も携帯も通じず、小学校低学年のわが子たちが気になって仕方ありませんでした。「何かが起きてしまったとしても、覚悟だけはしよう」。そう心に決め、仕事に専念しました。

当日私は17時にシフトが終了する予定でした。ところが交代の通訳者が出社できない事態に。エージェントから業務延長を打診され、私はそのまま通訳を続けました。「子どもたちの安否がわからない。もしかしたら主人の実家にいるかもしれない」と心情を吐露すると、スタッフが主人の実家に連絡を取り続けてくれました。

数時間後、子どもたちは義父母宅で無事であることがわかりました。一方、夜シフトの通訳者は依然として出社できていません。外の通りは帰宅を試みる人たちや車でごった返しています。私はこのままスタジオに留まることを決め、夜の番組も通訳することにしました。そして幸いなことにスタッフが控室を用意してくださったおかげで、翌朝まで体を横たえて休むことができたのです。

今回私は本当に恵まれていました。とりあえず電気は通じている、水道も使える、暖房もあったからです。なぜ被災地ではあのような惨状となり、私はこうしていられるのか?そんなことを考えながら通訳に全力を尽くしました。

固定電話も携帯も使用不可の状況下で唯一の心の支えとなったのはFacebookでした。それまで自分のページこそ持っていたものの、全く書き込んでいなかったのですが、今回はFacebookに「無事」とのメッセージを寄稿するや、日本をはじめ各国の友人から励ましのメールが届いたのです。私は家族の安否が不安な中、こうした「言葉の力」で何とか進むことができました。

日本ではまだ、行方不明者の捜索と避難所の人々への救援、原発の課題など、深刻な状況に直面しています。「英語」と「言葉」に携わる私にできること。それは「ことば」を通じて励まし続けることだと思っています。通訳の仕事もその一部であり、頑張っている人たちに応援の言葉をかけるのも同様です。たとえばコンビニで働く店員さんも、もしかしたらご家族・ご友人が被災しているかもしれません。そうした人たちに「ありがとう」の一言をかけるだけでも、間接的ながら支援につながると私は考えています。

日本は必ずこの悲劇から立ち直る。そう信じて、自分にできることをこれからも考え、実行していこうと思っています。

(2011年3月22日)

【今週の一冊】

「知恵の言葉の美術館」日本キリスト教団出版局、2006年

大震災を受けて、誰もが今まで以上に情報を入手していると思う。備えることはもちろん大切。でも、少し心が緊張しているなと思ったら、ちょっとだけそうした情報をお休みするのも大事なのではないだろうか。

今回ご紹介する書籍には、心がほっとするような「知恵の言葉」がたくさん紹介されている。美しい挿絵を見ているだけでも、気持ちが洗われる。

疲れたかな、と思ったら、美しい絵や音楽で心を元気にしてほしい。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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